雪の降るよる⑦ ウイスキーと優しさ
痛む後頭部を抑えながら、何も言えずに布団にくるまると、裕也がどこかへ出かける物音が聞こえた。しんと静まり返った部屋で、悔しさに震えた。目を瞑ったって、眠れる訳がなくて、仕方なく布団から抜け出し、キッチンで裕也がたまに飲むウイスキーをちょびちょび舐めた。私は、シンクに捨てた煮魚を眺めながら、少しだけ泣いた。
次の日の朝、いつもより少しだけ早く目が覚めて、少しだけ酔いの残った頭で昨夜のことを思い出した。シンクはまだそのままだし、ウイスキーで酔っぱらって、歯も磨かずに寝てしまった。何より、裕也と顔を合わせるのがいやだった。寝室の畳に並べて敷いてある、裕也の布団はそのままになっている。帰っていないのだろう。酒が残って気持ちが悪い口の中をどうにかしようと布団から抜け出し、寝室の戸を開けると、裕也がソファに座って煙草を吸っていた。私に気づき目が合って、私の心臓がばくばくと強く打った。
「起きたんだ」
そう何気なく言う裕也の感情が見えなくて、うん、と小さな声で言った。裕也は煙草の火を消しながら、ソファに座り直した。私は早く洗面所に行ってしまおうと裕也から目を逸らすと、「こっち来て」と裕也は言った。
仕方なくソファに座る裕也の前に立つと、裕也は私の両手を握って、「ごめん」と私の顔を見上げた。
「昨日はごめん。俺、店で色々あって、イライラしてたんだ。アキに当たるつもりじゃなかったんだけど、つい。本当にごめんな」
私を見上げる顔がいつもの裕也に戻っていて、私の心臓は少し落ち着いた。さりげなく昨夜打った部分をさすると、たんこぶになっていて、鈍痛がした。
「うん、そっか」
裕也がまっすぐに私を見るので、とりあえずそう頷いた。すると裕也は、一気に笑顔になり、私の腰に抱きついた。
「俺、アキのその優しいとこが好きなんだよね」
その言葉を聞きながら、もやもやと湧き上がってくるものを感じたけれど、黙っておいた。裕也の機嫌がいいなら、それに越したことはない。一通り盛り上がって満足した裕也は、「じゃあ、俺ちょっと寝るわ」と寝室に引っ込んでいった。シンクでは煮魚が昨日の姿のまま、干からびていた。
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