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【短編】取れたドアノブ

すぽっ。

「えっ」

部屋のドアノブが取れた。新築だからまだ経年劣化はしてないと思うんだけど。なんでだろう。

とりあえず、ネットで検索して一番評判の良かった修理業者を呼んだ。見積もり無料だそうだ。

「あー、これ根本から折れちゃってますね。ドアノブの方も見せてもらっていいですか?」

穴を覗きながら言う彼に、わりと重いそれを手渡した。その瞬間、彼は目を見開いて、口をあんぐりと開けた。

「えっ…これって…」

「どうかしましたか?」

なにか重大な欠損でもあるのだろうか。心配になって聞くも、彼は顔をぶんぶんと横に振った。

「い、いえ、何でもありません。それより、結構直すのは大変そうなので、作業はまた後日でよろしいでしょうか?あと、このドアノブも一応持ち帰りますね。」

「え、てことはしばらくこの部屋に入れなくなるってことですよね。困るんですけど」

「いえ、カードかなんかを挿せばラッチは動くんで、開けることは可能ですよ。それに、費用がかさむ可能性もありますので、お客様も考える時間があったほうがよいかと。」

「はあ、そういうものですか…」

彼の剣幕に押され、僕は頷いてしまった。ではまた今度、と言うと、彼はいそいそと帰っていった。いったいなんなんだ。


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なんという幸運だろうか。まさか、こんなドアノブが手に入るなんて。見た目は何の変哲もないドアノブだ。形も材質も、いつも見ているものと特に変わりはない。でも、俺にはわかる。このドアノブは違う。なにか、力を持っている。うまく言い表せないが、なにか素晴らしい力が。

それを抱えながら歩く。足取りが弾む。今は何だってできる気がした。なんなら、会社も辞めてしまおうか。

どすん。

「あ、すみません。」

浮かれて周りが見えておらず、向こうから来た男とぶつかってしまった。頭を下げる。しかし、相手が悪かった。

「てめぇ、誰にぶつかってんだ?ああん!?」

最悪だ。チンピラだ。何とか許してもらおうと必死で頭を下げる。しかし、彼の腹の虫はおさまらなかったようで、

「舐めてんじゃねえぞ!」

激しい右フックが俺の頬を襲った。体勢を崩し、ドアノブを落としてしまう。

からんからんからん…

その音で、男の視線は地面に向いた。

「なんだよ、良いもん持ってんじゃねえか。」

彼は屈み、それへ手を伸ばす。まずい。奪われてはいけない。

俺は咄嗟に男の頭を掴み、思いっきり膝を食らわせた。力が抜けた肩を蹴り飛ばし、すぐにドアノブを拾う。

「てっ、てめえ…」

チンピラ頭を逆立て俺を睨むも、奴はまだ立てていない。逃げようと足を踏み出したそのとき、

「何をしている?止まりなさい!」

後ろからハキハキとした声が聞こえた。見ると、警察官がこちらに走ってきている。やばい。

逃げ出したものの、さすがに敵わず、すぐに捕らえられてしまった。ドアノブも力ずくで奪われる。くそっ。せっかく手に入れたのに。一生恨んでやる…


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なんという幸運だろうか。よくある暴漢同士の喧嘩をおさめただけだったはずなのに。あの男、妙にドアノブに執着していた。たしかに、ただならぬ雰囲気はあったが。上司に報告したら、めちゃくちゃ驚かれ、褒められた。あんなに褒められたのは、警察官になってから初めてだ。もしかしたら昇格してやれるかもしれない、とも言われた。

しかし、あのドアノブにはそんなに価値があるのだろうか。見た目は一般的なドアノブだった。オーラだけが突出していた。

ぼんやりと考えていると、肩を叩かれた。振り返ると、同僚がにやにや笑いながら見つめている。

「大手柄ですねえ。テレビつけてみ。」

言われるがままリモコンを操作する。画面の奥では、総理大臣が記者会見を開いていた。

「本日、〇〇県の警察官が、職務中にドアノブを一つ確保いたしました。こちらが現物です。」

総理の隣に立っていた補佐的な係の人が、仰々しい手つきで総理の前の布を取る。そこには例のドアノブがあった。記者たちからおおっと歓声が上がる。

「これは、この国、そして国民の皆様にとって大きな利になると考えております…」

「やばいなこれは。二階級特進くらいあるんじゃね?」

「死んでないっつーの。」

軽口を叩きつつも、手は震えていた。俺は、とてつもないことをやってみせたのではないか。自信がメキメキと芽を開いていた。


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「大統領、さきほど日本の総理大臣が再び記者会見を開きました。」

「そうか。それで、なんと?」

「『日本政府はアメリカにドアノブを譲ることにした』と。」

秘書の報告に、彼はふふんと鼻を鳴らした。

「やはり、そうか。奴は俺と"仲良し"だからな。」

そういうと、ワイングラスを掴む。ぐるぐると回して匂いを楽しんでから、一気に仰いだ。幸せそうに目を細めている。

「これで、我が祖国にさらなる成長がもたらされることになるだろう…」

そう呟いた瞬間、一人の男が部屋に飛び込んできた。国務長官だ。

「だ、大統領、大変です!」

「どうした、まず落ち着け。」

「そんな時間はありません。さきほど、謎の飛行物体、俗に言うUFOがペンタゴンに降り立って電波を通して声明を発表しました。『地球人、および現在所有権のあるアメリカは今すぐドアノブを我がマサフラ星人に受け渡しなさい。でないと、地球に大きな被害が与えられるだろう。』と…」


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UFO襲来と同時刻、ある修理会社に電話がかかっていた。

「あの、ドアノブの修理をお願いしたいんですけども…」




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