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【短編】妻

俺の妻はほとんど完璧だ。
可愛いし、スタイルもいいし、気遣いが繊細だし、家事も一つを除いてはテキパキやってくれる。そう、一つを除いては。
その一つとは、料理である。彼女は、料理でストレス発散する変わった人だった。
といっても、めちゃくちゃな火力で炒めたり、塩コショウどばどばみたいな「調理で」ではなく、あくまで「料理で」なのだ。
説明が難しいので例を挙げると、柿揚げ、牛タンジェンガタワー、生卵の水漬けのような独創的すぎる料理を平然と食卓に出してくる。普通の料理もできるのだが、ストレスが溜まったときに不意打ちのように発散料理を作るのでランダム性がありすぎて怖い。結婚してからまだそれまで経っていない頃は、人に料理を出した経験が少ないのでキッチンに立つたびに緊張してしまっていたようで毎日のようにめちゃくちゃな料理だったが、最近では改善している。
しかし、それが今日の夕食にも現れた。テーブルの上に置かれたのは、麦茶と米とトンカツと味噌汁と…ヘビーメタルバンドのギター担当の髪型のように盛り付けられたキャベツとカリフラワーの山。
「えっと…」
俺はその奇妙な野菜盛りを指さして妻に目線を送る。
「ああそれ?すごいでしょ。キャベツと紫キャベツとカリフラワーの噴水盛り!」
へへへ、と笑う。かわいい。いや違う、なにこれ?
「なんでキャベツ…?」
「とんかつといえば千切りキャベツでしょ?だから。」
だとしてもカリフラワーはなんだよ!使わんだろ!
心の中でツッコむ。決して口には出せない。なんせ、ストレスのサインなのだから。
そう思うと、案外悪くないのかもしれない。変に溜め込まれてこっちが気づかないよりかは、わかりやすくていい。下手したら食中毒になるかもしれない点を除けば。
「えっと…なんかさ、辛いこととかあった?あったら言ってよ。」
「えっ、勇人くん(言い忘れていたが、俺の名前は勇人だ)鋭いねぇ。すごい。」
そりゃ気づくだろ、と思いながらカツを頬張る。彼女はなぜか、たまに珍妙な料理を作っている自覚がないようだ。この見た目の野菜盛りを作っておきながら?
「えっとね〜、今日叔父さんが来たんだけど。」
俺は自然と眉がひそまる。叔父さんとは、彼女の母の弟さんだ。この人は、身内のくせに彼女を狙っている節があり、結婚式ではずっと俺のことを睨んできた。同棲を始めてからもたまに押し入ってくる厄介さんだ。
「それで…?」
変なことされてないだろうね。
「うん、ずっと話されるもんだから、見たかったドラマ見逃しちゃった。」
ズコーッ。思ったよりほわほわした回答に心内でずっこける。そのストレスでヘビメタギター盛りを作れるのか。すごいセンスだな。
それはそれとして、叔父さんは何とかしなければならない。うーん、どうするか…
「明日も来るとか言ってたし、またドラマ見れないのかなあ…」
俺はその呟きを聞き逃さなかった。身を乗り出す勢いで彼女に聞く。
「明日も来るの?」
「えっ、うん。私が作ったお昼ごはんを食べたいとか…正直そんなに自信ないからやなんだけどね。」
嫌な理由が俺の望んでいるものとはズレているが、まあそれが彼女だ。というか、今大事なのはそこじゃなくて。お昼ごはん。俺の頭には、一つの解決策が浮かんでいた。
「お昼ごはん…作ってあげたら?」
「えっ?で、でも、絶対うまくいかないよ?叔父さんにも迷惑かも…」
「大丈夫。叔父さんは優しいし、失敗しても許してくれるよ。」
「そうかなあ…まあ、勇人くんがそこまでいうなら。」
笑顔で頷く彼女に少し罪悪感が疼く。いやいや、これは今後の夫婦生活にも関わる重要なことだから。俺は罪悪感を無理やり振りほどいた。





俺の作戦。それは、彼女にめちゃくちゃな料理を出させること。人に料理を振る舞うのが苦手なので、十中八九発動するはず。そんなことをさせるのは心が痛むが…うまくいってくれますように。職場のパソコンの前で両手を握って祈る。


仕事が終わった瞬間、スマホに飛びつく。案の定メッセージが来ていた。彼女からだ。

「おじさん、来たよ!
ちゃんと料理も振る舞えたよ!
味を褒めてくれました。食べたらすぐ帰っちゃったけど、なんか具合が悪そうだった。よろしく言っといてね✌️」

ふーっ、と息を吐く。どうやら作戦は成功のようだ。文面を見る限り、変なことを言われたりもされたりもしてなさそうだ。これで叔父さんが諦めてくれるといいが。
「欠点も時には利点に変わる…ね。」

俺の妻は完璧だ。
ただ一つの欠点も、あばたもえくぼである。

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