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存在しない日記 声日記
12/10
私がこれを書き記しているのは、私でない誰かの為である。
もっと詳しく言うと、私の頭の中で延々と交差しているいつか何処かで報われなかった人の思いを文章として形に残す為である。
この声が聞こえてくるようになったのは、私が悲惨な交通事故から生き延びたときからだった。
2ヶ月前、私は車に乗って出勤していた。その日は何の変哲もない、また一日を社畜として会社に投げ捨てるだけの日になるはずだった。しかし、事故は起こった。
突然反対車線からバスが飛び出してきたのだ。いきなり目の前に現れた私の車よりも何倍も大きい公共交通機関が現れ、なすすべもなく正面衝突してしまった。エアバッグは作動したが、車が受けた衝撃は収まることなく私まで届き、さらに破壊されたフロントガラスが降り注いだ。私はそれが見えたあたりで衝撃に耐えられず気絶してしまったので、それらがどう私の体を切り裂いたのかはわからないが、入院中あちこちが痛かったことから、ずいぶん好き勝手やってくれたなと思っている。
まあ、それでも生きているに越したことはない。そう思えたのも目が覚めてから3日しか続かなかった。
その日、変な夢を見た。シーンとした空間で、なんだか多くの人が私を囲んで服を掴んでいる。こういう夢に登場する人物は昔の知り合いが時系列を無視して入り交ざっているものと相場は決まっているが、そのときはそうではなかった。全く顔を見たことがない人ばかりだった。年齢層も性別も人種もバラバラで、私は世界中の国の人が手を繋いで地球を囲んでいるポスターを思い出した。しかし、私は地球ではない。困惑しながらも、一人一人をよく観察していると、全員私に向かって何かを叫んでいることに気がつく。いったい何を伝えたいんだ。彼らに必死に耳を傾けるも、一言たりとも聞こえなかった。いくら頑張っても静寂が流れるだけなので、もう起きてしまおうかと思った瞬間、鼓膜が震えた。
「こっちに来ると思っていたのに。お前だけ生き残るつもりなのか?」
はっきり聞こえた。しかし、聞こえたときにはもう目が覚めてしまっていた。呆然としていると、周りが騒がしくなってきた。こんな朝から誰がお見舞いに来るんだと思い、カーテンを開けてみるも、人っ子一人いなかった。それでも声は聞こえる。私の頭の中からしていたのだ。
おそらく、あのたくさんの人は私を死の世界に引きずり込もうと服を掴んでいたんだろう。そして、私が中途半端に生き延びてしまったから、片足を突っ込んでしまったから、全身で入って帰れなくなった人たちの声が聞こえるんだろうと思う。
それで、ずっと聞こえる行き場のない声をただ私の脳みその中だけにとどめておくのももったいないし、声の主たちも報われないだろうと思い、筆をとった次第である。幸運なことに、最近は一日で1、2人の主張しか聞こえなくなってきたので、非常に書きやすいのだ。最初の方など、何十人もの圧で脳が潰れるかと思ったほど多かった。それに比べれば、今は容易いものだ。
今日聞こえてきたのは、中学生の少年の声だった。通学中、赤信号にも関わらず交差点に突っ込んできた車に轢かれて亡くなったそうだ。交通事故は少し親近感が湧く。
生前はサッカーを頑張っていて、将来の夢はサッカー日本代表の選手だったようだ。友達からもずいぶん信頼されていて、スタメンにもなったらしい。希望を持って生きていただろうに。こういう声を聞いていると、私が死ぬ代わりにこの人を生き返らせてやってほしいと思うことが何度もある。本当に、どうしようもない。
意外にも加害者である運転者への怒りは少ない。それよりも気にかけているのは、同級生の女の子だった。思いが強すぎるとたまに情景すら浮かんでくるのだが、今日はそれが起こった。それは、柔らかく丸っこい橙色の光が教室を満たしてふわふわ揺蕩っている放課後。ドアのところからこっそり覗く視線の先には、想い人らしき女子が窓際に座って外を眺めていた。その横顔は、この世のものとは思えないほど輝いていて美しかった。傾いた太陽に直接照らされるのではなく、教室内でせわしなく動き回っている光がとっかえひっかえ彼女を飾っているような横顔は思わず見とれてしまうほどだ。なるほど、これを偶然見たとするなら、惚れるのは間違いない。ただ、この場面で一目惚れしたわけではなく、前から少し気になっていて、とどめがこれだったようだ。かなり親しくしていて、告白も考えていたのに。というより、思いを伝えられずして死んでしまったことが悔しいし、伝えられなかった自分が情けない。そうも言っていた。
私には彼女に会う術も無いし、あったとしても何をどう伝えればいいかなんてわからない。伝える必要もないだろう。しかし、彼女も同じ気持ちであったらいいなと思った。そうでなければ、あまりにも報われない。
明日はどのような人が私に声を張り上げるだろう。私はそれを垂れ流すスピーカーになるのだ。