【30分書き】しんしんと降り積もる雪を踏みしめながら、私は家路を急いでいた。
しんしんと降り積もる雪を踏みしめながら、私は家路を急いでいた。
完全にしくじった。いや、これは私が悪いんじゃない。どう考えても天候が悪い。7月にこんなに雪が降るとか、普通に生きてきた日本人に想像できる余地はない。最近の天気ヲ司ル神は日本人じゃないようだ。まったく、前任者に戻してほしいものである。
まあ、いるかいないかもわからない神に不満をぶつけてもしようがない。私にも非は少しある。朝のニュースで「曇のち雪」というこの時期には珍妙な天気予報を、気象庁の乱心だろと一蹴して、調子に乗ってベランダに洗濯物を干してから家を出た私にも。
会社は少し早めの終業となった。この天気だと、どこの公共交通機関も動いてないだろう。東京の交通網は雪に弱すぎる。さすがに7月は不意打ちが過ぎるが。その不意打ちのせいで歩いて帰る羽目になったのだ。当たり前だが、私の靴は滑り止めもなければ雪侵入防止の能力も持ち合わせていない。コケかけ、たまにコケ、急いでいるのにろくに進まない夢の中のような空気を味わいながら進んでいた。
そんなとき、後ろからフサクフサクと新雪を踏み歩く音が聞こえてきた。振り返ると、ちょっと見覚えのある顔。えっと、たしか…
向こうも顔をジロジロ見てくる私に気づき、こちらを向いてきた。そう。お隣に住んでいる秋津さんだ。半袖のワイシャツから出た腕を胸の前でくるめてさすっている。
彼も、私の正体に行き着いたようで、あっという表情になりこちらに小走りで近づいてきた。…え、小走りって、危なくない?
その思考を喉に持っていく前に、彼は雪に転ばさせられた。見事に滑って顔からふわふわの雪に激突した。
「だ、大丈夫ですか?」
言いつつも急いで駆け寄らない。下手したら彼の二の舞いになるからだ。決してそんなに付き合いのない人だからそんなにはやく助けなくてもいいかと考えたりはしていない。
「いてて…すみません…」
私は彼の横まで行くと手を貸して立ち上がらせた。鼻が真っ赤でトナカイのようだ。サンタを連れて来るには早すぎるが。
「気をつけてくださいね、なんせこの地面ですし…」
「ええ、すっかり失念してました。だって、7月ですよ。逆に楽しいです。」
そう言い、へへと笑う。なんだか楽観的だ。
「じつは僕、洗濯物ベランダに干してたんですけど、もう無理かなって。だから開き直ってこんな不思議な日を楽しんだほうが得だなって思ったんです。」
私と同じポカをした人間がこの世にいたなんて。妙な親近感だ。それに、楽しむ精神か。
たしかに、この雪じゃ絶対に間に合わないだろう。もう雪にコーティングされているに違いない。それなら。もう一枚コーティングしたって、そう変わらないか。
しゃがみ込み、雪を触る。雪遊び、最後にしたのいつだっけな。ゆっくりと立ち上がると、秋津さんへ向き直る。
「秋津さん。」
「はい。なんでしょ…ぐえ!?」
私は握った雪玉を秋津さんの肩に思いっきり投げた。反動でバランスが崩れ、お尻から転んでしまう。
「いって〜…」
「何してるんですか…」
さっきと真逆の状態になる。それが妙におかしくて、ふふふと笑ってしまう。
「秋津さん。どうせなら、雪合戦しましょ!」
つかいまわしです。