
見えにくい生きにくさを抱えた娘
今回は次女の話をしようと思う。
うちの娘たちは双子であり、長女のほうは重度知的障害を伴う自閉症で日々支援なしでは生きられない。
対して次女は、小学校に上がるまで定型発達(いわゆる「ふつうの子」)として育ててきた。
とはいえ、2〜3歳のイヤイヤ期で癇癪がひどいなあとか(キレやすさとしつこさで言えば長女より酷かった)、幼稚園で「自分の世界に入っていて指示が入っていないことがある」と指摘されたりとか、小学校に入ったら忘れ物が多すぎることなど、私としては色々気になるところはあった。夫には言わなかったが、おそらくADHDだろうなと思っていた。
そして小学2年生になったタイミングで受けた発達検査で彼女はやはりADHDと診断されたが、そこに付随する意外な結果として「IQが高い」ということを言われた。
ただ注意欠陥型のADHDであるため、テストの点数を取れる頭を持っていても肝心のテストの説明が頭に入りにくかったり、注意書きをうっかり読み飛ばしてしまったり、問題の解き方にこだわりがあったり、興味が沸かない科目をおざなりにしてしまったりするから良い結果につながりにくいとも言われた。
「IQが高い」ことの“うまみ”が、自らの特性で相殺されてしまうらしいのだ。少し残念な気もするが、とても次女っぽいなと思ってしまった。
長女は誰がどう見てもわかりやすく障害児なので、見た目ですぐに支援が必要だということをわかってもらえる。だから障害の重さ的に支援学校にも優先的に入れるのである。
が、次女がテストに躓いて学習面で伸び悩んだり、人間関係がうまくいかなかったりしても簡単に支援にはつながらない。ともすれば集団の中で『サボっている』とか『努力が足りない』ということになり、障害が認められたとしてもそのわかりにくさゆえに支援まではしてもらえない立場なのだ。
おまけに思考が大人っぽいので、小学3年生にして既にクラスメイトの子どもたちのノリに付いていけない部分が出てきている。なんとなく次女は小学校高学年〜中学にかけて苦労するような気がしていて、今から心配している。
とりあえず、そんな診断結果が出てから私は次女に対して子供向けに説明を省くのをやめた。
「とにかくこれをして」というような言い方は一切やめ、いちいち理由を説明するように気をつけている。次女は何回お願いしてもやらないことを繰り返すが、一度説明が腑に落ちたら次からは必ずやってくれるということがわかったからだ。
IQや発達障害の特性云々は別として、我が家の次女は頑固で気分屋でだいぶ抜けたところがあるが、賢く、ひょうきんもので、自分の気付く範囲で最大限の気遣いができる優しい女の子である。
彼女がなるべく過ごしやすい環境で自由に人生を歩んでいってほしいと願う。