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小説を読んでいる時、山場のところ一部分だけ著者の手書きになってたらグッとくるよね、みたいな話

本屋で本を買うのは、楽しい。

これはけっこう、多くの人に共感を得られると思う。普段本を読まない人でも、たまの機会に本屋で本を選び、購入するという一連の流れそのものに、楽しさを見出す人は意外といるのではないだろうか。
もちろん、本を買わずに本屋に滞在する楽しみもある。本屋は、児童書コーナーとレジの周辺以外は割と静かで、落ち着いた雰囲気がある。本の傷みを気にしてか、照明も抑えめな事が多いし、気の利いた本屋ならご丁寧に椅子も用意してある。さすがに、飲食は控えて欲しいけどね。
ただ、僕は本屋だ。ここでは、最終的に本屋へお金を落としてくれる人が、どのように本の購買を楽しんでいるのかを考えたい。

まず、書店の店頭における購買は、基本的に
①目的買い
②衝動買い
の二つに分類できる。AIDMAとかBtoCとか、お勉強の話はいったん置いとこう。

①目的買いというのは、○○という作家の◇◇が読みたいだとか、会社で使うソフトの参考書だとか、新聞の広告で見たあの本とか、あらかじめ何を買うか決まっている時の購買パターンだ。
②衝動買いは、買うつもりがなかったけど気になってつい買ってしまった、というパターン。ここでは、予算〜〜円で好きなだけ買う、と決めて本を選んだ時のパターンも含んでいる。つまり、店内で新規に購買の決定が下されたパターンは、全て衝動買いに含む。ちなみに、目的買いの最中に衝動買いが発生した時は、ついで買いと呼ぶこともある。

まずは①目的買いについて。目的買いの楽しさとは、どのようなものだろう。当然、会社のお遣いなどの場合を除けば、自分が欲しかったものが手に入る喜びというものがある。消費行動は所有の欲求を満たし、かつ本は購入した後も、読み通すまで(当たり外れはあるとしても)楽しさが持続する。目的買いは、購入→満足の繋がりが一層シンプルだ。
僕ら書店員は、この目的買いの需要に応えるべく、常に品揃えに気を払う必要がある。目的買いに応えられないと、「この店には自分が求める商品が無い」という印象を与え、リピートに繋がらなくなるからだ。当然、店舗面積には限界があるわけで、その時々のトレンドやメディア露出、常連客の好みやPOSデータの分析など、さまざまなな手段を用いて、取り揃える必要のある本を予測し、限られた面積の中で最大限の販売効率を目指さなくてはならない。

次に、②衝動買いを考えてみよう。ずばり、お客様を衝動買いに至らしめる最大の要因は、商品力だ。つまり、その本が面白そうか・好みに合いそうか・学びがありそうかどうか、といった条件が満たされて、初めて購入に至る。よく、書店をめぐる言説で「POPで売れた」エピソードが取り沙汰されるが、それはその本に商品力があったから、最終的に売れてくれたのに過ぎない。仮に、世界一のPOP作り職人がいたとして、その人に全く面白くない・学びもない・むしろ不快感を催すような本(例えばヘイト本など)のPOPを作らせて、世界でいちばん最高の場所で陳列してみたとしよう。その本は、確かに本来の場所に置いていた場合よりは、多少売れるだろう。しかし、最終的に本の購入を決定するのは、読者であるお客様だ。その本が1,000円か2,000円かは知らないが、それだけのお金を払って不要なものを買う人が、果たして何人いるだろう。

何が言いたいかというと、衝動買いにおいては、それだけ商品力が決定的な力を持つという事だ。本の場合は、内容・著者・表紙・帯文・価格・判型などなど、商品力とひとくちに言っても観点は様々だ。裏を返せば、お客様が本を購入する時、決定要因は人によって異なるし、ほとんどの場合一つでもない。内容はいいけど高いから買わないとか、大きすぎてカバンに入らないとか、譲れない観点というのも人によって違う。
ここに、衝動買いの楽しさがある。まずは、自分の好みに合った商品力を持つ(ように見える)本と出会う。出会う体験そのものも、宝探しのようでワクワクするだろう。次に、その本を手に取って吟味する。この本は、お金を払って手にするだけの価値があるものだろうか。目次やまえがきを読んでみたり、表紙の雰囲気を感じ取ったり、帯文での推され具合などをチェックする。価格と判型も重要な判断材料だし、何より自身の懐事情との相談も必要だ。いろいろな葛藤を経て、その日たまたま出会った本をレジに持っていき、カバンにしまう。家に帰ってやることをやり、落ち着いてから読み始めるか、待ちきれずに電車の中で読み始めるか。もうこの本をどのように味わうかは、あなたの自由だ。
衝動買いは、目的買いと比べて複雑なプロセスを辿るぶん、満足感も大きい。ときどき、こうしたプロセスをすっ飛ばして「エエエィッッ!!!」と買ってしまう事もあるけど、それだってギャンブル性があるとか、プロセスをすっ飛ばす事自体の快感とかがある。この満足感は中毒のように、一度味わったらまた味わいたくなってしまうものだ。僕は目的買いよりも、衝動買いのリピート率の方が高いと思う。

だから、いち本屋としてはお客様の衝動買いを出来るだけ誘発させたい。けれど、衝動買いが起きるかどうかは、商品力に依存する。はたして僕ら書店員は、衝動買いに対してどのようにアプローチできるのだろうか。
これには色々な回答ができると思うけど、たぶん
①良い本を適切な場所に置く
②読者の声という商品力を付加する
というアクションが主になるはずだ。

①良い本を適切な場所に置く、というのはいわゆる棚作りの事だ。良書を選び抜けるだけの知識と選書眼を持って本を仕入れ、本それぞれの陳列や棚の並びなどを有機的に関連付ける。言葉にすると簡単だけど、これは相当難しい技術だ。僕のような若輩者にはもちろん、ベテランであっても誰もができる仕事ではない。
平積みや面陳といった一見簡単そうに見える陳列でも、棚前に立った時の目線の運びや、お客様の動線などを加味して見せ方をしっかり考えないと、ただ本を置いているだけで、目が滑る棚が出来上がってしまう。本当に魅力的な棚は、通り過ぎようとしても、目が自然と留まる棚なのだ。
これはいわば、出会いを誘発するための方法だ。実際にそこに置かれた本が買われるかどうかは、発注者の選書スキルと、商品力と、お客様の好みが噛み合わなければならない。こう考えると、本屋における棚作りとは、ちょっとギャンブル性があるのではないかと思わせられる。

②読者の声という商品力。本そのものが持つ力以外にも、他者による評価という、後から加わる商品力というものが存在する。友人の感想や、Aamazonレビュー、新聞・HONZ・週刊読書人などのメディアによる書評がこれにあたるが、書店員自身がコントロール可能で、かつ一番好きなのは手書きPOPではないだろうか。
実際にその本を読んだ書店員による、熱意のこもったPOP。確かにこれは、一定の効果を見込める。なぜなら、多くの人は「書店員は本をたくさん読んでいる」と思っているし、「本の内容に対する感性が高い」とも思っているからだ。ただし、手書きPOPが実を結ぶには、それなりの条件がある。
まずは、POP作成者が本当に「本をたくさん読んで」いて、「本の内容に対する感性が高い」こと。より多くのお客様に「刺さる」には、より多くの感性に引っ掛からなければならない。その為には、感性の深さか、知識の幅広さが必要となる。例えば、普段はエンタメ文学しか読まないが、たまたま読んだミステリー小説が面白かったので、POPを書いた。だけど実際のところ、ミステリーを普段から読んでいる人からすれば、まあまあ面白いけど特に新しいところの無い、中の上くらいの作品かもしれない。けれど、実はそのミステリーには、SF小説的な全く新しい発想が潜んでいて、知識の広さを活かしてその点をアピールすれば、ミステリークラスタにもそれ以外にも、しっかり響いてくれる可能性がある。せっかく書いたPOPが全く売上に結び付かない、そういうリスクを抑えるには、そのジャンルに対する深い理解か、理解の浅さをカバーできるくらいの幅広い知識をもって取り組まないといけない。
次に、POPを書きすぎないこと。もちろん世の中は広いので、圧倒的なクオリティのPOPを大量に作成し続ける事で、店舗知名度のアップ・集客に繋げることに成功した書店員もいる。しかし、それはもはやクリエイターとしての成功であって、書店員の誰もができるような仕事ではない。ならば、特別な技能を持たない、けれど本が好きで、好きな本を売りたい、一介の書店員に何ができるのか。それは、「ここぞという時にだけ書く」ことだ。多くても三ヶ月に一回とか、できれば半年とか一年くらいは寝かせたいところだ。その一回に全力を傾ける事で、本気度がお客様にも伝わり、その本の商品力を真にプラスにする事ができる。チェーン書店の悪い癖で、成功事例をなぞりたがり、とにかくPOPは手書きせよとの通達を下し、無理やり書かせるケースがあるが、これはあまりよろしくない。POPはあくまでも能動的に、そして適切なペースで書かねばならない。想像してみて欲しい。月に一度訪れる書店で、それまでは版元POPがところ狭しと並んでいた平台に、ある時突然一つのタイトルが平積みしてあり、熱意のこもったPOPが添えられている。これは、と思ってとりあえず手に取ってみたくならないだろうか。

閑話休題。本屋での買い物は楽しい。そして、楽しいものであって欲しいと、書店員もいろいろな努力をしている。たまに、そんな努力の表れを棚のどこかに見つける事ができた時、「お、頑張っているな」と、労いの気持ちで衝動買いしていただけると、書店員はもっと頑張れるのです。

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