潜在学習と認知地図の力:トールマンの迷路実験が示す学習の新たな視点

レトリカ教採学院(教採塾)、学院長の川上です。

さて、本日は、先日のブログで登場した、スキナーやソーンダイクを批判して登場したトールマンについて、掘り下げていきます。

今回も、アカデミックにまいります!


 
トールマン(Edward C. Tolman)のネズミの迷路実験は、学習理論に大きな影響を与えた実験の一つであり、特に「認知地図」や「潜在学習(Latent Learning)」の概念を提唱する重要な基礎となりました。
 
この実験は、行動主義心理学を発展させ、学習における認知的な要素の重要性を明らかにしたものです。
 
以下に、その意義や意味を詳しく説明します。
 


トールマンの学習理論の背景

トールマンは、従来の行動主義的な学習理論(特にソーンダイクやスキナーに代表される)に対して批判的でした。
 
従来の理論では、学習は「刺激-反応(S-R)」の連鎖に基づくものと考えられ、報酬がなければ学習は成立しないとされていました。
 
しかし、トールマンは、学習は単に行動の結果ではなく、認知的なプロセスを通じて行われると考えました。
 
トールマンの理論の核心は、動物や人間が学習過程において「認知地図(Cognitive Map)」を形成するというものであり、この地図によって環境を理解し、目標に向かって効率的に行動することが可能になると考えました。
 
彼の理論を実証するために行われたのが、ネズミの迷路実験です。

 

トールマンのネズミの迷路実験の概要

トールマンは、ネズミを迷路に入れて、ゴールに到達するまでの行動を観察するという実験を行いました。
 
実験では、以下の3つの異なるグループのネズミを使用しました。
 
 
1.  グループ1(報酬ありのグループ)
 
最初からゴール地点に食べ物の報酬が置かれていて、ネズミがゴールに到達するとすぐに報酬を得ることができるグループです。
 
このグループのネズミは、報酬を得るたびに迷路内での行動が強化され、ゴールにたどり着くまでの時間が次第に短縮されていきました。
 
2. グループ2(報酬なしのグループ)
 
ゴール地点には報酬がなく、ただ迷路を自由に探索するだけのグループです。
 
このグループのネズミは、特に動機づけがないため、ゴールにたどり着くまでの時間はあまり短縮されませんでした。
 
3. グループ3(遅延報酬のグループ)
 
このグループは、最初の10日間は報酬なしで迷路を探索しましたが、11日目からゴールに到達すると報酬が与えられるようになりました。
 
驚くべきことに、このグループのネズミは、11日目に報酬が与えられた直後から、非常に早くゴールに到達できるようになりました。
 
これは、報酬がない状態でもネズミが迷路の構造を学習していたことを示しています。
 

潜在学習の発見
 
この実験の重要な発見は、ネズミが報酬なしでも迷路の構造を学習していたこと、つまり「潜在学習(Latent Learning)」が行われていたということです。
 
潜在学習とは、学習が実際に起きているが、それが即座に行動に現れず、後に適切な条件(この場合は報酬)が与えられたときに、その学習が表面化することを意味します。
 
トールマンは、この結果を通じて、従来の行動主義的な学習理論(報酬がなければ学習は成立しないという考え)に異議を唱え、動物は環境を探索しながら「認知地図」を形成しており、それが行動に影響を与えると提唱しました。
 

認知地図の概念

トールマンの実験は、「認知地図(Cognitive Map)」という概念の証明にもなりました。
 
認知地図とは、動物や人間が環境や空間を把握するために頭の中に形成する精神的な地図のようなものです。
 
この認知地図を基に、ネズミは迷路内での位置やゴールまでの道筋を認識し、報酬が与えられた後、すぐに最短ルートでゴールに到達することができました。
 
トールマンは、ネズミが報酬の有無にかかわらず迷路の情報を蓄積し、報酬が与えられた時点で、その認知地図を活用して最短ルートを取ったと考えました。
 
これは、単なる「刺激-反応」の連鎖による学習ではなく、ネズミが環境の全体像を理解し、その知識を基に行動を選択していることを示しています。

 

トールマンの実験の意義・意味

トールマンのネズミの迷路実験は、学習理論において以下の重要な意義と意味を持ちます。
 
1. 認知的要素の重要性
 
従来の行動主義が無視していた「認知的要素」を学習に取り入れた点が非常に革新的です。
 
学習は単なる刺激と反応の連鎖ではなく、動物や人間が環境の中で情報を処理し、その情報を行動に活用するプロセスであることが示されました。
 
この考え方は、後に「認知心理学」の発展に大きな影響を与えました。
 
2. 潜在学習の発見
 
学習は必ずしもすぐに行動に現れるものではなく、環境や条件が整ったときに表面化することを示しました。
 
これにより、報酬がなくても学習は成立しうることが証明され、従来の学習理論に対する新たな視点が加わりました。
 
3. 空間的学習の理解
 
ネズミが迷路を通して空間情報を蓄積し、環境を認知的に把握することができるという発見は、空間認知の分野にも影響を与えました。この「認知地図」という概念は、人間が日常生活で空間を理解し、移動する際にどのように情報を活用しているのかを考える上での重要な理論的基盤となりました。


 

教育や行動科学への応用

トールマンの研究は、教育や行動科学にも大きな示唆を与えています。
 
例えば、学習者が必ずしもすぐに成果を示さないことがあっても、知識が頭の中で蓄積されている可能性があるという視点は、教育現場における長期的な学習効果の理解に役立ちます。
 
また、学習は報酬や罰に左右されるだけでなく、認知的なプロセスが重要であることから、教える側も学習者の内面的な理解をサポートする工夫が求められるようになりました。
 

教育や行動科学への応用
 
トールマンの研究が示した「潜在学習」や「認知地図」という概念は、教育や行動科学において非常に重要な応用を持っています。
 
これらの概念に基づく学習の理解は、特に学習者が必ずしもすぐに成果を示さない場合にも、学びのプロセスを支援する上で役立ちます。
 
以下に、具体例を挙げながら、教育や行動科学への応用を詳しく説明します。
 
 
 1. 潜在学習と長期的な成果の期待
 
トールマンの「潜在学習」の概念は、教育の現場でよく見られる現象です。
 
すべての学習が即座に目に見える成果として現れるわけではありません。
 
学習者が何度も経験を積み重ねるうちに、特定の環境や条件が整うと、突然その学習成果が現れることがあります。
 
この理解は、短期的な成績だけにとらわれない長期的な視点での学習支援に活かせます。
 
具体例:読書理解力の向上
 
小学生が本を読んでいるとき、最初は内容を理解していないように見えるかもしれません。
 
しかし、時間が経ち、文章に慣れてくると、突然理解力が飛躍的に向上することがあります。
 
これは、読書経験を通じて潜在的に蓄積された知識や語彙力が、ある時点で表に現れた例です。

 
具体例:数学の問題解決能力
 
生徒が初めて複雑な数学の概念に取り組むとき、すぐには解法がわからなくても、繰り返し問題を解くうちに突然その解法がわかる瞬間が訪れることがあります。
 
この「ひらめき」の瞬間は、潜在的に積み上げられていた認知的な学習が適切なタイミングで表面化した例です。
 

2. 認知地図と空間的な学習の活用
 
トールマンの「認知地図」の概念は、学習者が環境や空間を頭の中で理解し、その情報を行動に活かすプロセスを示しています。
 
これにより、学習者は単にルールを学ぶのではなく、環境全体を把握し、効率的に行動できるようになります。
 
この理論は、特に空間的な学習や課題解決型の学習で役立ちます。

 
具体例:地理の授業での地図学習
 
地理の授業で生徒が地図を学ぶ際、単に地点を覚えるだけではなく、その地図の構造や関連性を頭の中で整理し、地域全体の認知地図を形成していきます。
 
これにより、単なる暗記以上に地理的な関係を理解し、新しい場所に関する情報も容易に吸収できるようになります。
 

具体例:学校内のナビゲーションスキル
 
新入生が最初に学校内を移動する際、どこに何があるか把握できていなくても、何日か経つうちに校舎全体の配置を頭の中で整理し、自然に教室や施設にたどり着けるようになります。
 
これは、認知地図が形成されるプロセスの典型例です。
 

3. フィードバックなしでも学習が進むケースの理解
 
トールマンの研究は、報酬やフィードバックがない場合でも学習が進行していることを示しました。
 
従来の「刺激-反応」モデルでは、報酬がなければ学習が進まないとされていましたが、トールマンはこれを覆しました。
 
教育現場では、学習者が一見反応を示していないように見える時期でも、実は内部で知識が蓄積されている可能性があることを理解することが重要です。
 

具体例:プロジェクト学習での創造的思考
 
生徒が長期プロジェクトに取り組んでいるとき、最初は何の進展も見られないことがあります。
 
しかし、時間をかけて資料を調査したり試行錯誤を重ねるうちに、突然創造的なアイデアや解決策が浮かび上がることがあります。
 
これは、学習が表面に出ていない潜在的な段階で進行していたことを示しています。

 
具体例:語学学習での潜在的進歩
 
語学学習において、生徒がリスニングやスピーキングの能力をなかなか向上させられないと感じることがあります。
 
しかし、ある時期を過ぎると、突然流暢に話せるようになったり、聞き取りが急にできるようになることがあります。
 
これは、学習が潜在的に進んでいたものが条件が整った瞬間に表面化したケースです。

 
4. 学習のモチベーションの新しい理解
 
トールマンの実験は、学習が報酬だけに依存しないことを示しており、学習者は環境を探索する過程そのものに内在的な価値を見出すことがあることを示しました。
 
これは、学習に対する内発的動機付け(intrinsic motivation)の重要性を再認識させるものです。
 

具体例:科学実験での自主的探求
 
科学の授業で、生徒が与えられた実験だけでなく、自発的に新しい方法を試してデータを集めたり、結果を考察することがあります。
 
たとえ明確な報酬がなくても、好奇心や探求心が学習を促進する例です。
 

具体例:プログラミング教育でのクリエイティビティ
 
プログラミングの授業で、課題として与えられたプログラムを完成させるだけでなく、生徒が自分なりの工夫を加えて独自の機能を追加することがあります。
 
このように、報酬や評価を超えて自発的な探求が学習を深めることがあります。
 

まとめ

トールマンのネズミの迷路実験は、潜在学習や認知地図といった概念を明らかにし、学習理論に認知的な視点を導入する画期的な研究でした。
 
この実験により、学習は単に刺激と反応の連鎖ではなく、環境に対する認知的な理解や探索が重要であることが示されました。
 
この理論は、現代の認知心理学の基礎を築くとともに、教育現場における学習の捉え方にも新しい視点を提供しました。
 
トールマンのネズミの迷路実験は、学習が必ずしも外部からの報酬に依存するものではなく、認知的なプロセスによって進行することを明らかにしました。
 
教育現場では、この理論を応用して、児童・生徒が潜在的に学習していることを理解し、即時の成果が現れなくても長期的な視点で支援することが重要です。
 
また、学習者が環境を探索し、認知地図を形成する過程を尊重し、内発的動機付けを高めるような環境を整えることが、より効果的な学びを促進します。
 
トールマンの理論は、教育や行動科学の分野において、学習の本質をより深く理解するための重要な基礎となっています。


ではまた!

レトリカ教採学院(教採塾)
学院長
川上貴裕

いいなと思ったら応援しよう!