ゲシュタルト崩壊によって、不合格になる養護教諭たち。

レトリカ教採学院(教採塾)、学院長の川上です。

看護学部で、養護教諭志望者の指導もしているので、最近は、養護教諭志望者への情報発信も増えています。

幸い、レトリカ教採学院も、保健体育や養護教諭を専門とした講座や指導をおこなっていますので、ちょうどいい機会かと思い、今回、養護教諭に特化したブログを書く次第です。

さて、

養護教諭は、子供の命や安全を司る最重要ポストです。

その養護教諭が、面接において、曖昧な知識で、曖昧な語りをしてしまうと、不信感を抱かれ、心象が下がり、評価もぐっと下がる原因になります。

特に、知識のアップデートができていない語りをしてしまったり、ちょっと聞きかじったもの、ちょっとうろ覚えのものを語ったりしてしまい、そこをちょうどピンポイントで、面接官が気になりだすと、とことん、その細部を疑ってかかってきます。
一度気になりだしたものは、とことん気になっていくものです。

これは、ゲシュタルト心理学に似ていますね。

ゲシュタルト心理学:普段、人は全体だけを見ている。細部を寄せ集めて見ていない。
例: 新幹線内の電光掲示板は、文字が流れているように見えるが、実際は、たくさんの電球が配列されていて、点いたり消えたりしているだけ。
けれども人は、電光掲示板を見て、「うわ、電球の配列に沿って、点いたり消えたりしている!」と見えている人はいない、ということ。

つまり、面接官も、初めから、養護教諭の受験者の細部を細かく、見聞きしているわけではありません。
全体像として、養護教諭に相応しいかどうかを判断しています。

しかし、例えば、フィラーワード(えー、あのーなど)が連発されていたり、先述したように、「あれ、今語っている知識って、正しいっけ?」と感じられる部分が複数回あると、面接官はもはや、そこばかりが気になって、心象や好感などの評価が、だだ下がりするということです。

このように、ゲシュタルト崩壊して、面接官の心象や評価が下がる事例として、例えば、

生きる力の【体】の要素は【健やかな身体】ですが、アップデートされていない人は【健康・体力】と表現します。

検索して、上位に出てきたものしか見ず、その資料やデータがいつのものなのかまでをチェックしていない証拠ですね。

はたまた、

現在の生徒指導提要では、必ず【安全・安心】という表現になっていますが、これまた、アップデートされていない人は【安心・安全】と表現します。

生徒指導の柱である【自己肯定感の感受】においても、アップデートされていない人は【自己肯定感を与える】と表現します。

昨今の教育は、教師主体の語りから、子供主体の語りにすべて置き換わっているので、「与える」という表現は古いのです。

これらの事例も、もちろん、完全なる間違いということではありません。
「健康・体力」も、「自己肯定感を与える」ということも、文科省が過去に出したものに変わりはありませんからね。

ただ、それらの言葉を使うのは、教師として、アップデートができていない証左となるのです。

文科省や各自治体が打ち出す『これからの教師に求められる資質能力』『求められる教師像』にも、ざっくり言うと、【学び続ける教師像(アクティブラーニングをするならば、教師自身がアクティブラーナーでないといけない)】と記載があります。

だからこそ、学び続けていない、アップデートできていない教師では、ダメなのです。不適格なのです。


面接官としても、アップデートされていない人の語りを聞くと、非常にがっかりします。

教員の不祥事を見てみても、情報漏洩、セクハラ・パワハラ、体罰、不適切な指導などは、知識の乏しさ、曖昧さ、古さなどが招いているものです。

体罰でさえ、文科省は、指導力(知識教養・技能)がないから、感情的になって起こるものだという見解を出していますからね。

不登校の対応も、ガイドラインや教育機会確保法があります。
虐待を受けた子供の対応や、希死念慮のある子供への対応も、ガイドラインや法律できっちり決まっています。

今の時期になって、「教育機会確保法って何?」では済まされません。

子供の人生や命や安全がかかっているのに、曖昧な対応や助言、古い知識での対応では、危険極まりないですよね。


なので、知識のアップデートができていないと、

例えば、過呼吸の子供への対応も、「まだ紙袋を用意するのかな?」と疑問を感じられたり。
「エピペンやアレルギー対応大丈夫かな?」と不安視されたり。

不祥事も、知識不足によるものもあるので、「もしかすると、不祥事を起こすかもしれない。」と思われたり。

希死念慮のある子供への対応で、「間違った対応をしてしまう可能性があるのでは?」と懸念されたり。

面接官に、ありとあらゆる可能性や危険性を考えさせてしまう結果となるのです。


もちろん、事例の話は、面接の中では、ちょっとしたニュアンスや表現の問題、言い方の問題でしかありません。しかも、完全なる間違いとはまでは言えないものばかりです。

ですが、命や安全を司る最重要ポストである、養護教諭だからこそ、このようなちょっとしたほころびが評価を大きく左右します。あらゆる可能性や危険性を考えさせてしまう発端となってしまいます。


面接官も、ゲシュタルト崩壊して、一度気になった言い回しや表現については、どんどん気になり、どんどん不信感を抱きます。

その結果、受験者全体の心象、好感や好印象が一気に崩れていくのです。

こういうものは、崩れ出すと、本当に早いです。一瞬です。


養護教諭の皆さんにおいては、面接では、こういうちょっとしたほころびが出ないように、知識は最新のものにアップデートしておいてくださいね。

知らない、分からないでは、面接で圧倒的に不利になりますよ。

子供の命や安全を司る最重要ポストであるということを、お忘れなく。

ではまた!

レトリカ教採学院(教採塾)
学院長
川上貴裕

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