専業ゲームデザイナーとして最初の2年で学んだ4つのこと
I was game の上杉(@dbs_curry)です。
10年間勤務した会社を2018年末に退職し、2019年からボードゲームのゲームデザイナーとして独立して事業を始めました。
この記事では、専業ゲームデザイナーとして最初の2年で学んだ4つのことについて書いていきます。
ゲームデザイナーとしての生活
ゲームデザイナーは日々どのような生活を送っているのでしょうか。
これは「学んだこと」という括りからは少しずれますが、興味のある方もいらっしゃると思うので、自分の例を書いていきます(ゲームデザイナー全員がこうだとは思わないでくださいね笑)。
ボードゲームを作る仕事には、大まかに言って以下の3つの工程が含まれます。
① 開発(ゲームデザイン・ディベロップメントなど)
② 出版(内容物の設計・グラフィックの発注・生産の手配など)
③ 販売(販促・流通・小売など)
自分は基本的に上記の「① 開発」だけを担当しています(日本の専業ゲームデザイナーの中には、自分と同じく一部だけを行っている方もいれば、すべてを行っている方もいます)。
その「① 開発」の中でも、仕事の取り組み方はさらに2通りに分かれます。
① 依頼されてゲームをデザインする
② 自分でゲームをデザインして出版社に持ち込む
「① 依頼されてゲームをデザインする」パターンでは、『ボルカルス』(アークライト)と『ボードゲーム工場 ~魔女と弟子たち』(盤上遊戯製作所)というゲームを作りました。
「② 自分でゲームをデザインして出版社に持ち込む」パターンでは、『ドリアン』(オインクゲームズ)と『マグノリア』(アークライト)というゲームを作りました。
①のやり方には「安定して発売にたどり着きやすく、協働によって自分の枠の外に出られる」という利点があり、②のやり方には「自分のクリエイティビティを出しやすく、好きなときに好きなものを作れる」という利点があります。
この2つは互いにない部分を補い合っているため、今後も両輪として続けていきたいと思っています(とはいえ、どうしても相手先のいる①を優先して時間を割くことになりがちなので、②の個人プロジェクトを進める余裕を持つのが難しいのですが笑)。
具体的な仕事の内容は、ゲームのアイデアを出したり、プロトタイプを作ったり、テストプレイをしたり、出版社と連絡を取ったり、打ち合わせをしたり…といったところです。
基本的には、毎日好きな時間に起床して、好きな時間に仕事して、好きな時間に昼寝して、好きな時間に食事して、好きな時間に就寝するという生活をしています。
自分はもともとは名古屋の会社に勤めていました。そろそろ就職活動をしないとなと思って、2ちゃんねるで「名古屋のホワイト企業」で検索して出てきた東証一部上場企業でした。
会社に不満があったわけではないのですが、決まった時間に起床して、決まった時間に仕事をするという生活に居心地の悪さを感じていました。そして、「これは自分で選んだ仕事じゃなくて他人に与えられた仕事だな」という感覚が常にありました。
結果的にはその会社を辞めて、自分自身がしたいと思うことを自分自身がしたいと思うときにできる事業を始めることにしました。
この結果にはとても満足しています。なぜなら、自ら「選択する」ことこそが、人間が持てる最大の尊厳であると思うからです。
会社員だった頃と比べて、仕事に使う時間は1割から2割程度にまで減ったと思います。その分、毎日子供と遊び、本を読んだり映画を観たり、あとはゴロゴロしながらYouTubeを見たりしています笑。
仕事の内容と時間の使い方について書きましたが、興味のある方もいらっしゃると思いますし、他ではなかなか見る機会もないと思うので、収益についても少し書いておきます。
日本のゲームデザイナーは、おおむね以下の4つのことから収益を得ているはずです。
① ゲーム開発の業務受託
② 開発したゲームの著作権使用料(ロイヤルティ)
③ 生産したゲームの販売
④ その他(原稿料・講演料・コンサルティング料等)
「① ゲーム開発の業務受託」は、開発したゲームを成果物として一括で報酬が支払われる形式だと思ってください(いわゆる「買いきり」)。
「② 開発したゲームの著作権使用料」は、ゲームが生産販売される限り報酬が支払われ続ける形式です(いわゆる「印税」)。
※ 「ボードゲームに著作権はないのでは?」と思われる方もいらっしゃると思いますが…現時点でそういった商習慣になっていると思ってください笑。
上で、仕事のしかたとして「依頼される」と「持ち込む」の2種類があると書きました。そのパターンのどちらであれ、契約次第で「買いきり」方式の場合も「印税」方式の場合もあります。
自分はゲームの生産販売は行っていないため、「③ 生産したゲームの販売」による収益はありません。収入のほとんどが「① ゲーム開発の業務受託」と「② 開発したゲームの著作権使用料」によるものです。
ゲームを開発するだけでなく、自ら生産して販売まで行えば、ひとつのゲームからより多くの収益を取り出すことができます。しかし、そのためには多くの技能と工数が必要です。自分の場合は、収益よりも時間を優先したいので(それこそが会社を辞めた理由でもあったので)、出版以降の工程では他の方々の力をお借りしています。
2020年の自分の収益は以下のような感じでした。
・独立前に制作したゲームによる収入:180万円
・独立後に制作したゲームによる収入:590万円
・コンサルティングやインタビュー等による収入:30万円
・計:800万円
これは会計的に言えば売上高であり利益ではありませんが、自分の場合は原価は0円であり、経費もほとんどかからないので(ある意味では残念なことかもしれませんが笑)、感覚的にはこの金額がほぼそのまま家計の利益です。会社員の額面年収800万円との違いがあるとすれば、給与所得控除と社会保険料といったところでしょうか。
自分が会社を辞めたときは、「自分の時間を金で買って、まず3年間の夏休みを過ごしてみる」つもりでした。個人事業主として上記の金額では心もとないと感じる方もいらっしゃると思いますが、自分としては、今のところこの収益と時間のバランスに満足しています。
そして何よりも、この選択を応援してくれた妻に強く感謝しています。
デザインとクラフト
インディーのゲームデザイナーに求められることと、プロフェッショナルのゲームデザイナーに求められることの違いはなんでしょうか。
自分の考えでは、それは「確実性」だと思っています。
依頼されてゲームを作る場合、クライアントの目的を達成する形で、求められるものを、求められた納期で確実に完成させる必要があります。
また、自分でゲームを作って持ち込む場合であっても、出版社に受け入れられるゲームをコンスタントに作れなければ収入が途絶えてしまいます。
自分にその資質があるかどうかには不安がありますが笑、今のところ取り組んだプロジェクトはすべて完遂しています(助けてくださった皆さんに感謝!)。
インディーのゲーム制作では、以下のようなことにクリエイティブな答えを出すデザインの能力が重要だったと思います。
・どんなゲームがおもしろいか
・どんなテーマが楽しいか
・どんな新しいメカニズムを考えられるか
一方で、専業でのゲーム制作では、以下のようなより具体的な課題を解決することが求められると考えています。そのために必要な能力を、ここではクラフトと呼びます。
・クライアントのアイデアを実現できるのはどんなゲームか
・それをそのままゲームにした場合、どんな問題点の発生が予想されるか
・それらの問題点を解決するためにどのような手法を使えるか
2020年には、『宿命の旅団』(ホビージャパン)のディベロップメントを担当しました。
『宿命の旅団』は、もともとはWYゲームズからインディーの作品として発売されました。それがホビージャパンから出版されるにあたりお声がけいただき、自分も制作に参加しました。
もとの時点でとても完成度の高い骨子を持っていたため、ゲームの根本に手を入れる必要はありませんでした。今回のディベロップメントでは、以下の2点が当初の焦点になりました。
・各カードのコスト/能力/数値の調整(または確認)
・2人プレイと5人プレイに対応できるかどうか
後者の「対応人数を広げる」というひとつをとっても、
・5人プレイに対応した場合に発生しうる問題は何か
・それらの問題は実質的になぜゲームプレイに有害なのか
・どうすればそれらの問題を解決できるか
・カードやトークンはどれだけあれば5人でも十分だと言えるか
・2人プレイを成り立たせるためにどのような手法があるか
・それらの手法をとったときにそれぞれどのような副作用があるか
・それらの副作用にはどのような対処法があるか
といったことを、より細かな分節にわたって見落としなく考えなければなりません。
さらには、そういった問題を「網羅的に発見し」「導入した手法で解決できている」ということを、根拠を持って説明できなければなりません(制作の過程で書簡のような長文を何度も書いてしまいました笑)。
プロフェッショナルのゲームデザイナーの頭の中には、このように、ゲームデザイン上の「問題点」と「解決策」の両方を具体的に網羅する道具箱が存在するのが理想だと思います。
ちなみにこの『宿命の旅団』、なんと本日発売です! チェックしてみてください。
そして一方で、ゲームデザイナーはクラフトに寄りすぎてもいけないと考えています。
家の建築にたとえれば、デザインは家の基本設計であり、クラフトは施工の技術です。
人が家を選ぶときには、それがどんな家であるかを見ます。実際に住んで体験するのも最終的な全体としての建物であり、建築の技術ではありません。柱の組み方や釘の打ち方がどれほど優れていたとしても、それを直接的に味わうことはありません。
ゲームを作るときに、「それが技術的に可能であるから」という理由だけで取りかかってしまうことがあると思います(たとえば「新しいドラフトの方式を発案したから」とか)。しかしそれだけでは不十分で、それによって最終的に、ゲーム全体の体験がプレイヤーを楽しませられるかどうかを考えなければならないと感じています。
「成立していること」自体はゲームの価値ではないからです。
もし、ある技術を手に入れたとしてもそこから生まれるゲームが良いものにならなそうなのであれば、いったんその技術はしまっておくべきかもしれません。逆の順序で、まず良いゲームを思いついたときにこそ、それを成り立たせるための道具としてその技術が使える日が来るのを待つのが良いのではないかと考えています。
(ただ、練度の高いプレイヤーの中には、「ゲーム自体」ではなく、「ゲームを成立させる技術」をこそ楽しんでいる方もいらっしゃるだろうとは思いますが笑)
自分の中にあるもので作る
新作の『マグノリア』は、2021年2月にアークライトから発売される予定です。
「ものすごく高速でありえないほど拡大再生産する、わずか20分でやりごたえのあるカードゲーム」を目指してデザインしました。
このゲームはもともと、2019年5月25日に開催されたゲームマーケットに出展するために、アイデアから製品まで2日で制作したものでした。
このときは『ボルカルス』の制作が佳境で、ゲームマーケットの会場でテストプレイを行うためのプロトタイプを作成する必要がありました。『マグノリア』は、その作業と並行して(妻にも助けられて)作られました。
今見返してみても、ゲームのコンセプトはもちろん、ほとんどのルールがこのときから変わっていません。メインであるユニットカードの構成もこの時点でおよそ完成していました。カードのUIのレイアウトすら、一番最初のプロトタイプの時点でほぼ固まっていました。
以前制作した『ダンジョンオブマンダム』(オインクゲームズ)もごく短期間でできあがった作品でしたが、そのときはごくシンプルな骨子のゲームでした。『マグノリア』はそれと比べるとかなり情報量の多いゲームなので、これを十数時間で完成させられたことは、その後の活動においてのある種の自信につながりました。
『マグノリア』がすぐに形になったのは、以下の3つの条件を満たしていたからだと思います。
・自分が好きなものである
・自分が作れるものである
・自分が知っているものである
自分が潜在的に好きであり、潜在的に作れるものであったとしても、それが存在しうることを知らなければ、作ろうと思うことすらできません。
自分が好きなものであり、知っているものであったとしても、それを作る能力がなければ、完成させることができません。
自分が作れるものであり、知っているものであったとしても、それを心から好きでなければ、できあがったものが本当に良いかどうかの判断はできません。
『マグノリア』は、自分が好きなものであり、作れるものであり、そして知っているものでした。ある意味ではこのゲームはあらかじめ自分の中にあり、それを2日間で取り出しただけなのではないかと感じています。
『マグノリア』は、次の3つの既存のゲームを下敷きにしています。
1つ目は『Dota Auto Chess』です。このゲームは、「種族と職業という2つの軸」「麻雀的なセットとシナジー」「自分が編成した部隊が自動で働く」という、自分の好きなものが詰まった作品でした。
2つ目は自分が以前制作した『ペーパーテイルズ』です。『マグノリア』を成立させるにあたって、この『ペーパーテイルズ』で得た技術が道具として役に立ちました。
3つ目は『ジャンプドライブ』です。これは『レース・フォー・ザ・ギャラクシー』を超短時間に圧縮した作品であり(実際にはもう少し複雑な来歴があるのですが)、そのような高密度のボードゲームが存在しうることを知るきっかけになりました。
『マグノリア』は自分が「好きで」「作れて」「知っている」ものだったと上で書きましたが、これら『Dota Auto Chess』『ペーパーテイルズ』『ジャンプドライブ』は、その3要素にそれぞれ対応する支柱となってくれました。
ゲームマーケットでインディー版として発売したあと、アークライトから出版されることが決まり、今年の4月まで細かな調整を続けました。
ゲームバランスの調整では、人間の手によるテストプレイで楽しさを担保し、機械の手によるテストプレイで均衡を担保するという手法を試みました。
すでに完成していてもう手を加えられないにも関わらず、いまだに単に楽しむためだけにプロトタイプで遊ぶほど、『マグノリア』は自分にとってお気に入りのゲームになりました。
皆さんにも楽しんでいただければ幸いです。
環境は変わる
ゲームデザイナーという仕事は、今後どうなっていくのでしょうか。
会社を辞めてこの事業に専念することを選びましたが、「10年後に業界はどうなっているか?」と問われると、確実なことは何もわかりません。
自分が初めてゲームマーケットに出展した10年前には、「このイベントがこれほど大きくなるとは思わなかった」と言われていました。ゲームマーケットはその後も右肩上がりで大きくなり続け、参加者数はこの10年間でさらに10倍ほどにまで増加しました。
世界のボードゲーム業界も、10年前の時点で「この業界がこれほど大きくなるとは思わなかった」と言われていました。さらにその後も膨張を続け、「これは確実にバブルだ。そろそろ弾けるだろう」と毎年言われながらも、止まることなく拡大してきています。
10年後のことは何もわかりません。ただ確実に言えるのは、これからも環境は変わるし、それを止めることはできないということです。
2年前、自分の環境を変えようと考えて、会社を辞めることを選びました。しかし現実には、それ以上に大きなスケールと影響力で環境は変化し続けてきました。
『リスク・レガシー』を嚆矢とするレガシーゲームや、『EXIT』『アンロック!』を始めとする脱出系ゲーム、『王府百年』から火がついたマーダーミステリーなど、ボードゲームという枠自体が拡大し続けています。
専門店でしかボードゲームを見かける機会がなかった日本国内で、百貨店や量販店でも多くのゲームが並べられるようになりました。ボードゲームカフェの数も驚くべきほどの勢いで増え、生活の中でボードゲームに出会う機会が多くなりました。
ボードゲームのデジタル化が進み、様々な作品をゲーム機やスマートフォン等でもプレイできるようになりました。ボードゲームとビデオゲームの境界は以前よりも曖昧になり、中にはデジタル版の方がより多くプレイされた作品もあるかもしれません。今後はXRを活用したゲームもさらに増えていくでしょう。
そして何より、今年はかつてないほどの大きなスケールで環境が変化しました。外出する機会が減ることで一時的にボードゲームの売上が増えたと言われていますが、人間同士の接触が難しくなったこの状況で、今後業界がどうなっていくかはわかりません。
自分から環境を変えようと試みることはできます。しかし、結局はそれよりも大きな規模で環境が変わるのを止めることはできないでしょう。
できることがあるとすれば、環境が変わることを覚悟し、新たな環境で自分に何ができるかを考えること以外にないと思います。
ゲームという存在自体はいつまでも続いていくのでしょうか? それともいつか消えてなくなっていくものなのでしょうか?
自分の考えでは、ゲームというものは人間が現実の中で行う選択をモデル化したものです。そして、「選択する」ことこそが人間が持てる最大の尊厳だと思っています。
祈る姿であっても、ゲームを作り続けていきたいですね。
(「そもそも人間は本当に選択しているのか?」というリベットの実験の件もありますが…それはまた別の話です笑)
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* この記事は、Board Game Design Advent Calendar 2020 の25日目の記事として投稿されたものです。
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