マジック:ザ・ギャザリングのゲームデザイン上の発展の歴史(1)
リミテッド・エディション(1993年8月)
マジックの誕生
マジック:ザ・ギャザリングは、リチャード・ガーフィールドによってデザインされ、ウィザーズ・オブ・ザ・コースト社から発売された。
リチャードは当初、『ロボラリー』というボードゲームを作ってウィザーズに持ち込んだ。CEOのピーター・アドキンソンはそれを気に入ったが、当時のウィザーズ社には生産のための十分な資金がなかったため出版はせず、ゲームとゲームの合間にプレイできるような安価で手軽なゲームを求めていると話した。それを聞いたリチャードは、1982年に作っていた『ファイブ・マジックス』を元にして『マジック』を作り上げ、再度ウィザーズに持ち込んだ。
プレイテストの間、このゲームは単に『マジック』と呼ばれていた。この名称は一般的な名詞であるため、商標とするには法的な問題が出る懸念があり、『マナクラッシュ』という名称に変更された。しかし、その後も誰もが『マジック』と呼び続けたため、最終的には法的な問題を回避するために『マジック:ザ・ギャザリング』と名付けられた。
最初に限定版として、第一刷のアルファが発売され、次に第二刷のベータが発売された。
マジックの発売時には、ある種の箔をつけるために、ゲームデザイナーが数学の Ph.D. 取得者であることが喧伝された。
基本コンセプト
マジックの基本的なコンセプトの多くが、この誕生の段階で作られた。
・5つの色(白・青・黒・赤・緑)
・デッキ構築
・7枚の初期手札
・20点のライフ
・ターン
・マナ
・タップ
・土地と呪文
・パワーとタフネス
・アタックとブロック
・トークン
・カウンター
・手札・場・ライブラリー・墓地
・フレイバーテキスト
・スターターパックとブースターパック
・レアリティ
一部に手を加えられているとはいえ、これらの要素が現在まで使われ続けているというのは驚くべきことだ。リチャードもマジックがこれほど続くとは考えていなかっただろうから、ここまで広大なデザインスペースと拡張性を最初から備えられたのは、幸福な偶然だったと言えるだろう。
カードの能力
マジックが特徴的だった点のひとつは、従来のカードゲームのようにゲーム全体のルールがあるだけではなく、個々のカードがそれぞれ独自のルールを持ち、全体のルールを書き換えていくということだった。
マジックの原型となった『ファイブ・マジックス』を作ったとき、リチャードは『コズミック・エンカウンター』をアイデアの源泉とした。1977年に発売された『コズミック・エンカウンター』は、星間戦争をテーマにしたボードゲームで、各プレイヤーがそれぞれ基本ルールを破壊するような特殊な能力を持つというのが大きな特徴だった。リチャードはそのコンセプトを個々のカードに落とし込むことで、新たなゲームを作ったのだ。
ルールを変える能力を持つカードという概念は、その後ボードゲームの世界にも逆輸入され、多くのゲームで用いられる一般的なメカニズムとなった。『コズミック・エンカウンター』が発明したプレイヤーごとの特殊能力という概念も、今もなお様々なゲームで採用されている。
キーワード能力
キーワード能力は、カードの能力の中でよく使われるものを、一語で表せるように定義したものだ。
リミテッド・エディションの時点で、先制攻撃・飛行・土地渡り・プロテクション・トランプル・バンドと、いくつものキーワード能力が登場した。このキーワード能力という便利な概念を当初から思いついたこともすばらしければ、どの能力をキーワード化すべきかの判断もすばらしかった。これらのうちの半数は、今でも多少の変化を経て使われ続けている。
キーワード能力の利点はいくつもある。ひとつは、当然の話だが、ルールテキストを圧縮できることだ。どのキーワードも、その定義を長々と文章で書くより、ずっとすっきりと記述できる。これは特に、カードに複数の能力を持たせるときに有用だ。
また、プレイヤーがカードを理解するのを助ける効果もある。キーワードによってルールの塊をひとつのチャンクとして認識できるので、カードの効果が一目でわかるようになるのだ。
そして最後に、能力にフレイバー上の意味を与えることができるという面もある。たとえば、飛行というキーワード能力を、そのフレイバーなしでプレイヤーに説明しなければならないとしたら、ずっとややこしくなるだろう。飛行というフレイバーを能力に与えることで、プレイヤーの現実世界での知識をゲームに転用することを可能にし、ルールを理解しやすくすることができているのだ。
ちなみに、リミテッド・エディションの時点で能力としては存在していたが、キーワード能力としては扱われなかったものがいくつかある。生息条件・速攻・畏怖・警戒・到達である。これらのうちのいくつかは、最初からキーワード能力にならなかったことが不思議なくらい、今となっては基本的な能力となっている。このことからは、「メカニズムが良いものかどうかは実際に試してみるまでわからない」というゲームデザイン上の学びを得ることができる。
バニラ・クリーチャー
リチャードは、ゲームを複雑にしすぎないために、シンプルなカードも作らなければならないということをよく理解していた。そのため、何の能力も持たないクリーチャーを作ることにした。クリーチャーにはパワーやタフネスがあるため、ルールテキストがなくても十分な意味を持たせられたのだ。それらのクリーチャーは、アイスクリームのフレーバーになぞらえてバニラ・クリーチャーと呼ばれることになった。
バニラ・クリーチャーは、初心者にとってわかりやすいものであることはもちろんのこと、熟練したプレイヤーに向けても、容易に情報過多になりがちな盤面の複雑性を抑えるのに役に立った。
場に出たときに発動する能力だけを持ち、以降はバニラと変わらなくなるクリーチャーが後のビジョンズで発明され、バーチャル・バニラと呼ばれることになった。盤面の情報量を増やさずにクリーチャーの多様性を生むことができ、カードパワーの調整も柔軟なため、マジックのデザインの歴史の中で重要な役割を果たしている。また同じように、キーワード能力だけを持つクリーチャーはフレンチ・バニラと呼ばれている。
ロード
ロードというのは、特定の部族を強化する能力を持つクリーチャーのことである。たとえば《ゴブリンの王/Goblin King》はゴブリンのロードであり、すべてのゴブリンに+1/+1修整と山渡りを与える。
リチャードは、マジックにバニラ・クリーチャーが必要なことをわかっていた。しかし、それらを単に能力のないつまらないクリーチャーにするのではなく、何らかの意味を持たせたいと考えていた。そのため、バニラ・クリーチャーが存在するゴブリンとマーフォークとゾンビという3つの種族に、それぞれ1体ずつロードを作ることにしたのだ。これによって、バニラ・クリーチャーであっても状況によって意味が生まれることになった。
この最初の3体のロードは、単に+1/+1修整を与えるだけではなく、それぞれ異なる2つの能力を配下に与えていた。これにより、各部族に差異が生まれ、部族ごとの特色を演出することができた。
初期のロードは、自分のクリーチャーだけでなく相手のクリーチャーも強化していた。マジックのデザインが発展するにつれ、ロードは自分のクリーチャーだけを強化するように変化していき、せっかく引いたロードが相手に得をさせてしまうせいで出したくないという状況がなくなった。
マジックの歴史の始めからロードが存在していたというのはすばらしいことである。ロードを一目見れば、そのカードが自分を中心にしたデッキを作ってくれと言っているのがわかる。デッキ構築という概念に慣れていないプレイヤーであっても、ロードを支柱とすることでテーマのあるデッキを組み上げることができるのだ。
タップ
マジックの偉大な発明のひとつがタップだ。場に出ているカードに、縦向き(アンタップ)と横向き(タップ)の2つの状態をもたせることができる。簡単で明瞭だ。これによって、場のカードが行動済みかどうかを表せるようになった。
リミテッド・エディションの時点では、タップで起動する能力は「タップして~する」と文章で記述されていた。マジックにおいてタップがあまりにも便利で重要だったため、リバイズドの発売時に「円の中に傾いたT」の形のタップ・シンボルが発明され、記号で表されるようになった。その後、マジックが多言語で展開されるようになり、英語に依存しないように「四角の中に矢印」の形に改められた。そして第8版でのカードデザインの変更にあわせて、「円の中に矢印」の形に再度変更され、そのシンボルが今でも使われている。
ウィザーズ・オブ・ザ・コーストは、タップを含む特許と、タップ・シンボルの商標を保持している。
トークン
トークンは、カードではないマーカーによって表されるパーマネントのことである。
リミテッド・エディションには、トークンを生み出すカードとして唯一《蜂の巣/The Hive》が収録されていた。興味深いことに、この時点のルールブックにはトークンに関する説明は一切なく、トークンに関するすべてのルールはこのカードのテキスト欄に記されていた。
(厳密にはトークンと書かれたカードは他にもう1枚《Cyclopean Tomb》があったが、このカードがいうトークンは実質的にはカウンターであり、この時点では用語の定義が曖昧だったのでトークンという単語が使われていただけだった)
トークンがすばらしいのは、無からオブジェクトを生み出すことができる点である。マジックはカードゲームであり、基本的には個々のカードがひとつのオブジェクトを表している。しかしトークンという概念を用いることによって、一枚のカードから複数のオブジェクトを生み出したり、カードとしては存在しないオブジェクトをゲーム中に生み出したりすることができるようになった。これによってマジックが得た柔軟性の大きさは計り知れない。
カウンター
トークンと並んで、カウンターもまたマジックに大きな柔軟性を与えた要素のひとつだ。+1/+1カウンターを始めとして、単に数字を記録するだけでなく、様々な相互作用を可能にしている。またときには、神性カウンターや牛歩カウンターなどのように、フレイバーを生み出す役にも立っている。
リミテッド・エディションの時点で、+1/+0カウンターと+1/+1カウンターが存在していた。しかし、パワー/タフネスの修整を意味するカウンターが複数種類あると紛らわしいということがわかり、ミラージュを最後として、基本的に+1/+1カウンターのみが使われるようになった。
また、リミテッド・エディションにはそれ以外にも、いくつかの名前のないカウンターが存在していた。しかし、カウンター同士の区別がないことによる意図しない相互作用を防ぐために、後にすべてのカウンターに固有の名前が与えられることとなった。
マーカーとしての名詞の「counter」と、打ち消すという動詞の「counter」で、全くの同音異義語がゲーム内の用語として使われているというのは奇妙なことである。これはカードを引く「draw」と引き分ける「draw」や、失う「lose」と敗北する「lose」にも言えることであるが、この混在は特に対処されることなく今日まで続いている。
サイクル
一番最初の時点で、マジックのカードデザインにはサイクルという概念が存在していた。サイクルというのは、一定のパターンでデザインされたカード群のことを指す。5色それぞれにデザインされたモックスや、5色それぞれに対してデザインされた防御円などが代表的な例だ。
特に、恩寵と呼ばれたサイクルはすばらしかった。1マナの呪文の5色サイクルで、3点のダメージを与える《稲妻/Lightning Bolt》や、3点のマナを得る《暗黒の儀式/Dark Ritual》など、どれもが3点分の効果を持っていた。これらのサイクルは、コストと効果の両面で数字が統一されており、フレーバーにも富んでいて、そして何より効果が均一ではなく各色の特徴を的確に表していた。
サイクルという概念は、マジックのカードデザインにパターンを持ち込んだ。それによってデザイナーの発想の素となり、プレイヤーが個々のカードを理解するのを助け、さらにゲームに美の感覚を与えた。
当初のサイクルは、各色や各カードタイプにまたがるものだった。その後、各レアリティに作られる垂直サイクルや、複数のエキスパンションを通して作られるメガサイクルなども生まれた。単一のカードから後にサイクルが作られるようなこともあった。
パワーレベル
カードごとのパワーレベルのバランスという点では、リミテッド・エディションは完璧とは言いがたかった。上で述べた恩寵サイクルでも、歴代最強のカードに数えられる《Ancestral Recall》と、その後基本セットに再録され続ける《巨大化/Giant Growth》と、ほとんど使われることのない《治癒の軟膏/Healing Salve》が並んでいる。
しかし、それまでにマジックが存在すらしなかったということを考えれば、リミテッド・エディションのバランスはむしろ良いものだったとも言えるだろう。デザイナーが想像もしなかったほど多くのプレイヤーに試されても、その楽しさが失われることはなかったのだから。
初期のマジックでは、クリーチャーに比べてインスタントやソーサリーなどの呪文が非常に強かった。リミテッド・エディションにはパワーレベルが原因で再録できそうにないカードが数十枚はあるが、クリーチャーはその中に1枚もないだろう。クリーチャーと呪文のパワーレベルの不均衡は、その後是正されるまでに非常に長い時間がかかった。
なお、リチャードは《Ancestral Recall》の強力さを理解していなかったというわけではなかった。彼はサイクルの他のカードがコモンである中これだけをレアに設定し、レアであれば強くても問題ないだろうと考えたのだ。プレイヤーが買うのはせいぜいスターター1個とブースター数パックだろうと思われていたので、レアカードが強くてもゲーム全体を壊すことはないだろうと考えられていた。
フレイバーテキスト
マジックのカードの文章欄には、能力を記述するルールテキストと並んで、ゲーム上の意味を持たないフレイバーテキストが配された。フレイバーテキストは、何の機能も持たないにも関わらず、マジックにおいて重要な役割を果たした。
まず第一に、フレイバーテキストはゲームにストーリーを与えた。個々のカードに文章を埋め込むことで、そのカードの由緒をプレイヤーに伝え、また背後にある大きな物語を想像させることができるようにもなった。
次に、ゲームにメタファーを与えた。そのカードが何をしているのかをルール以外の文章でも伝えることで、カードの機能を理解しやすくさせた。
最後に、ゲームに新たなフックを与えた。「小枝を踏み折れば、骨を折ってあがないとする」のように、マジックのプレイヤーでなくともどこかで耳にするような名文を生み出した。また、イラストでも能力でもなく、フレイバーテキストによって特定のカードに惚れ込むことを可能にした。
ある意味では、カード名も上の3つの役割を担っている。フレイバーテキストはカード名の延長であるとも考えられる。
固有名詞
リミテッド・エディションのカードの多くは、一般的なファンタジーのイメージに触発されたものだった。騎士、天使、魔術師、デーモン、ゾンビ、ゴブリン、ドラゴン、エルフなどだ。
しかしリチャードは、そういったジェネリックなフレイバーのものだけではなく、独自の固有名詞を持ったカードをいくつも作った。ベナリア、セラ、センギア、ネビニラル、ミシュラ、ウルザ……。
その時点で、それらの背景がどこまで深く考えられていたのかはわからない。しかし、こうして最初に種をまいたことで、後にそれらを掘り下げていくことが可能になり、マジックを固有の世界設定を持つゲームにできたのだ。
カードリスト
当時、マジックのカードリストは公開されていなかった。そしてインターネットも今のように普及してはいなかった。だから、プレイヤーはパックを開けたときに初めてそのカードと出会っていたし、対戦相手が自分の知らないカードを出してくるということもしょっちゅうだった。
リチャードは、マジックを「探検のゲーム」だと言った。この頃のマジックはまさに未知に溢れていた。
いまや、インターネットが世界を覆い、セットの発売前にカードリストが公開されるようになり、強力なデッキもマジック・オンラインを通じて迅速に開拓され共有されるようになった。そういう面では、当時のマジックが持っていたある種の神秘的な感覚は、現代のマジックからは失われたものだと言えるかもしれない。
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