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『Outer Wilds』からゲームデザイナーが学べる3つのこと

『Outer Wilds』、とってもいいビデオゲームですね。

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このゲームは当初、2012年に Alex Beachum 氏の在学中の修士論文として始まりました。

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その後、2015年にアルファが無料で公開され、Independent Games Festival での受賞を機に注目を浴び、最終的に作り直しを経て2019年にリリースされました。

『Outer Wilds』は、まさにセンス・オブ・ワンダーの塊のようなすばらしい探検ゲームです。そこから多少なりとも我々が学べることがないかを探してみようと思います。

1. プレイヤー自身に発見させれば、固有の体験が生じる

『Outer Wilds』は、本質的に探検と発見のゲームです。

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ゲーム開始早々、プレイヤーはハンドメイドの宇宙船だけ渡されて、広い宇宙に放り出されます。どこに行くのか、何をするのか、すべてはプレイヤーの選択次第です。目的地が示されることも、クエストが渡されることもありません。

『Outer Wilds』は謎解きのゲームでもあるので、作品内に大きなミステリーが存在します。しかし、謎をどうやって解けばいいのかどころか、謎が存在するのかどうかすら知らされずにゲームが始まります。プレイヤーは自分で謎に出会い、それが謎だと気づかなければならないのです。

このように道案内のないゲームでは、プレイヤー自身の好奇心こそが道標となり、一人ひとりがそれぞれ異なる道筋を辿ることになります。

自分の場合は、最初の宇宙飛行でまず近くの月に向かい、その次に空洞の星に飛んだところで宇宙船が墜落して大破し、仕方なく散歩していたら火山弾で地面が割れて大穴に飲み込まれました。別のプレイヤーは違う星に向かったかもしれませんし、同じ星に着陸したとしても異なる結果を迎えたかもしれません。このことは、「このゲーム体験は自分だけのものなのだ」と強く感じさせてくれます。

『Outer Wilds』は、さまざまな物語・謎・手がかりが、宇宙の至るところに散りばめられています。プレイヤーは、最初は偶然にそれらと出会い、途中からは自身の推論に基づいて発見を続けていくことになります。ゲームが明示的に誘導しないからこそ、プレイヤーが自身で発見した実感を得て、自分だけの物語の存在を感じることができるのです。

そしてもちろん、『Outer Wilds』は手放しで広大な自由に放り出すだけの不親切なゲームではありません。巧みなレベルデザインと環境ストーリーテリングによって暗示的にプレイヤーを誘導し、最初の入口や途中の道筋が一人ひとり異なれど、最後にはすべてが繋がってひとつの目的地に収斂するように設計されています。

2. 美意識は伝わる

『Outer Wilds』は自由すぎるゲームで、それ故にプレイヤーをつなぎとめるのが困難です。

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唐突に広い世界に投げ出され、何をすればいいのかもわからず、進捗の手応えも得られないと、プレイヤーは不信感を抱いてしまいます。多くのプレイヤーは、『Outer Wilds』の序盤で「本当にこれはプレイに値するゲームなのだろうか?」と疑問を持ったでしょう。

その不安を乗り越えるためには、作品が強い信頼感を備えていなければなりません。他の多くの同型のゲームの場合は、開発者やスタジオの名声がその担保をしてくれるでしょう。しかし『Outer Wilds』の場合は新興であり、過去の経歴から期待感が生まれることはありません。

自分の場合、手探り状態の序盤を乗り越えさせてくれたのは、このゲーム全体から伝わってくる開発者の美意識による信頼感でした。

『Outer Wilds』の宇宙には複数の天体が存在しますが、星と星の間を移動する際に読み込みが挟まることは一切なく、全体がシームレスに繋がっています。宇宙船は、宇宙でも地表でも同じ原則で動作します。プレイヤーキャラクターも、母星の重力下や、月の低重力下や、宇宙の無重力状態をきれいに行き来します(低重力の星で高くジャンプしすぎると重力圏外に放り出されたりします)。このように世界が継ぎ目のない単一の法則で動いていることは、「冒険の舞台としてひとつの世界を描く」という開発者の美意識の表れだと思います。

この美意識はゲーム全体を通して一貫しており、ほとんどの存在がスクリプト制御ではなくゲーム内の物理法則に従って動いています。

たとえば、各天体は実際に引力を持っており、宇宙船を軌道上に浮かばせておくと自動的に公転を始めます。逆に、小さな衛星に大きな質量(=宇宙船)を十分な速度でぶつければ、公転の軌道から抜け出させることもできます。

他にも、天体の中には火山弾によって地表が徐々に崩れる星がありますが、スクリプトで常に決まった崩れ方をするのではなく、火山弾の当たり方によってプレートの耐久力が削られて崩壊が起きるため、毎回異なる様相を見せてくれます。

また、こういったオープンワールドゲームでは、プレイヤーキャラクターの周囲のみを演算して描画することで計算量を節約するのが常です。『Outer Wilds』では、宇宙船をある星に置き去りにしてプレイヤーが別の星を探検している間にも、しっかりと宇宙船の周囲の環境が計算され、見ていない間に火山弾に当たって故障したりします。

こういった開発者の美意識の積み重ねが、『Outer Wilds』の没入感のある(immersiveな)世界を描くことを可能にしています。プレイヤーはその機微のひとつひとつにすぐに気づくわけではないかもしれません。しかし、明確に認識できなくても、その美しさはプレイヤーの無意識に伝わり、暗中模索のゲームに留め続ける楔のひとつになっています。

3. 期待を与えることなく抑圧してはならない

『Outer Wilds』はすばらしいゲームですが、その導入では残念ながら失敗していると言わざるを得ないでしょう。

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『Outer Wilds』は宇宙を探検するゲームですが、その導入部分は小さな村から始まります。まずはチュートリアルとしてさまざまな小イベントをこなし(ほぼすべてを無視することもできますが)、それから初めての宇宙飛行に旅立ちます。

このゲームのチュートリアルは独特の形式を取っています。ゲーム中のすべてのメカニズムが、ミニチュアのスケールで登場するのです。宇宙船の操縦方法の説明では、宇宙船自体ではなく小さな模型を操作させられます。宇宙のさまざまな信号を探知するシグナルスコープの説明では、「かくれんぼ」で子供たちを探知することになります。無重力空間での操作方法の説明では、実際に宇宙に出るのではなく地下にある無重力の洞窟で作業をします。

この構造自体は非常におもしろいものです。これは上で述べた開発者の美意識の一部であり、「チュートリアル専用のシミュレーション空間」をゲームに用意するのではなく、「実際に小さな村から新人宇宙飛行士が旅立つとしたら、どんな訓練がなされるだろう?」という考えに則って(つまりゲーム内世界の現実感に則って)設計されています。そのことがこのゲームの世界に一貫性を与えています。

しかし、このチュートリアルをプレイすること自体は非常に退屈です。内容にとりとめがなく、ここで学ぶことがどう自分の役に立つのかよくわからないためです。

この退屈さは、おそらくゲームデザイン上で意図されたものでしょう。プレイヤーを退屈な村で過ごさせ、あえて抑圧することで、そのあと宇宙に旅立ったときの、自由さ・広大さ・孤独さを強調する意図があるのではないかと思います。

しかし、そもそもプレイヤーは広大な宇宙を探検したくてこのゲームを購入しているわけです。あえてそれを取り上げて退屈なチュートリアルを与えることは、どれほど正当化できるでしょうか?

名作シリーズの『オブリビオン』も『スカイリム』も、プレイヤーは囚人として捕らえられた状態から始まります。多くの映画は素朴な日常から始まって主人公が事件に巻き込まれていきます。しかし、そういった抑圧のある構成は、受け手がその先で解放されるという期待を持っているからこそ成り立つものです。

『Outer Wilds』のように、新興の開発者の、お世辞にもグラフィックや操作性が最高とは言えないゲームでは、「この退屈なプレイがどこまで続くんだろう? 最後までこんな感じなんだろうか?」と不安にさせられます。そういった声は実際にSNS上で何例も見られました。

しかも、このチュートリアルは宇宙探検をミニチュア化したものであるため、実際のゲームプレイと直接的には結びついていません(チュートリアルで飛ばせる宇宙船はただの模型なのです!)。あとから「そういえば、ゲーム中のメカニズムってすべて最初の村で説明されていたんだな…」と気づくほどです。

これは、「登山を目的にやってきた人を、砂場の山でしばらく練習させ、山登りの方法は特に教えないまま登山に送り出す」ようなものです。もちろん、それによるコントラストの効果はありますが、それが万人を楽しませる道筋だとは言えないでしょう。

幸運なことに、『Outer Wilds』は Xbox Game Pass のサブスクリプションを通じて無料で多くのプレイヤーの手に届き、そこで拾い上げられて評価を確立しました。口コミの高い評価に後押しされることで、後のプレイヤーがこの退屈なチュートリアルを乗り越えるための期待感を持つことができるでしょう。

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