あなたがボードゲームの出版契約にサインする前に確認すべきこと
世はまさに大ボードゲーム時代!
個人でボードゲームを作ると、国内外の出版社から声がかかり、自分の作品が世界中で販売されて、印税収入で不労所得が得られる(かもしれない)というすばらしい時代になってきました。
でも気をつけて! その出版契約、気軽にサインしてしまってよいものでしょうか?
この記事では、あなたがボードゲームの出版契約にサインする前に確認すべきことについて書いていきます。
1. その出版社は信頼できるか
もしあなたがその出版社の名前すら聞いたことがないのであれば、まず可能な限り調べてみるべきでしょう。
もしもともと知っている出版社であるか、十分な調査が終わったなら、以下のことを確認してみるべきでしょう。
・その出版社は業界で高い評判と実績を持っているか?
・その出版社はあなたの作品のような商品を取り扱っているか?
・その出版社の取り扱う商品があなたの感性に合っているか?
出版契約にサインするということは、あなたの作品をその相手に任せるということです。一度サインすれば、そのゲームはある意味ではその出版社のものになります。
もしその出版社が、世界のどこに行ってもよい評判を聞かないような存在であれば、あなたの作品が成功する確率も低いでしょう。
もしその出版社が、あなたの作品のようなボードゲームを出版した経験がないのであれば、作り方も売り方もわかっていないでしょうし、発売にたどり着けずに終わる場合もあるでしょう。
もしその出版社の商品が、ことごとくあなたの気に入らないようなものであれば、あなたの作品もそういった形に変わってしまう可能性があるでしょう。
もちろんこれらはあくまでリスクの話であり、必ずそうなるとは限りません。どのような出版社も、最初は何もない未経験の状態から始めるものなので、あなたの作品が最初の大きな一歩として大成するかもしれません。
いずれにせよ重要なのは、あなたがその相手を信頼に値すると考えるかどうかです。
2. 契約書が存在するか
言うまでもないことですが、もし契約書が存在しなければ、契約の内容を検討することはできません。
・契約書が存在するか?
日本において出版契約は諾成契約であり、その成立に書面を用いる必要は民法上はありません。しかし、契約書が存在しないことは本当に本当に本当にトラブルの元になるので、口約束だけで進めることは絶対に避けましょう。
特に日本の出版社の場合、業界を問わず、慣例として契約書を作成しないことも多いと思います。また、作成するとしても、商品が発売されたあとでようやく契約書を作り始めるといった場合もあります。
可能であれば最初に、どんなに遅くとも契約に合意する前に、出版社に契約書の草稿の送付を依頼しましょう。もし相手がどうしても嫌がる場合は、そのこと自体を検討の材料とすべきでもありますが、自分の側で汎用的な契約書の雛形を用意しておく手もあるかもしれません。
もし取引の相手が親しい友人であっても(親しい友人であるからこそ)、契約書を作成すべきです。
3. 見込みの収益はどのくらいか
ここからようやく契約の中身に入っていきます。
最初にどこから見るかは人それぞれだと思いますが、まずは数字から検討するという場合が多いのではないでしょうか。
・商品の価格はいくらになる見込みか?
・印税の料率は何パーセントか?
・初版の個数は最低でいくつか?
ボードゲームの出版からゲームデザイナーが得る収益は、印税方式の場合、原則として「商品の価格×印税の料率×個数」で決まります。
たとえば、希望小売価格5,000円(消費税別)のゲームを、希望小売価格の5%の印税率で、初版10,000個生産してそのすべてが印税の対象となった場合、ゲームデザイナーが初版から得る収益は「5,000×0.05×10,000」で250万円(消費税別)となります。
上記のうち、「商品の価格」は契約書の書面に記載されることはあまりないかもしれません。価格というものは、その後の様々な工程を含めて総合的に決定されるものなので、契約時点で算定するのは困難なためです。見込みがどうなるかだけでも相手と相談しておくとよいでしょう。
「印税の料率」は、複数の出版社との間で契約の交渉をする上で、最も焦点が当たる箇所かもしれません。この部分は個々の出版社や地域やその他様々な要因で変動するものであり、また秘密保持の都合からなかなか口外されにくいため、周囲の経験者に何らかの形で相談するのがよいかもしれません。
そして、あなたの収益が多いほど単純によい契約だと言えるかというと、現実にはそうではないということにも留意すべきでしょう。ゲームが出版されたあと、それが生み出す価値は、小売店・卸売店・輸送会社・製造会社・出版社・そしてあなたの間で(あるいはもっと多くの関係者の間で)分配されることになります。原則としてあなたの取り分が増えるほど、出版社の取り分が減ることになり、彼らがその商品に力を入れることができなくなる可能性があります。
なお、上で述べたのは印税方式の場合であり、生産数・販売数に関わらず一括で定額の報酬が支払われる買い切り方式等の場合は、この限りではありません。ただその場合も、印税方式であった場合に想定される数字との比較検討が必要になるでしょう。
収益については、その他として以下のような項目が検討の対象になります。
・印税の算定基準は何か?
(希望小売価格か売上収益か、生産に応じてか販売に応じてか、等)
・印税の支払基準は何か?
(毎月、半期ごと、生産する都度、一定額に達する都度、等)
・前払金はあるか?
・印税が回収不可能になる可能性は考えられるか?
印税の料率の数字の大小が、必ずしも収益に直結するわけではないことに注意してください。希望小売価格(MSRP)の5%の方が、出版社の実売の売上収益の10%よりも結果的に大きくなる、といったことは十分に考えられます。
4. 契約の対象範囲は何か
契約にサインするとき、今自分の目の前にあるゲームのことだけを考えていると、最終的に後悔することになるかもしれません。
今あなたの手元にあるのは、日本語(もしかすると英語も?)のゲームだけではないかと思います。しかし、仮にその作品がめざましい人気を博し、スペイン語・フランス語・ドイツ語・イタリア語・ギリシャ語・ロシア語・中国語・韓国語・等々でも発売すべきだ! となったとき、その契約はどうなるでしょうか?
あるいは、その作品がSteamやiOSやAndroidのデジタルゲームとして移植されるとき、キャラクターグッズが発売されるとき、拡張版や続編が制作されるとき、その契約はどうなるでしょうか?
・契約の対象地域はどこか?
・契約の対象言語は何か?
・派生作品は契約に含まれるか? その条件は?
・作品の著作権の再許諾(サブライセンス)は可能か? その条件は?
しばしば出版社は、契約に際し、すべての地域・すべての言語での権利を求めてくるかもしれません。しかし、たとえば日本の出版社が、あなたのゲームのギリシャ語版を直接翻訳して制作して販売する未来は本当にやってくるでしょうか?
もしあなたが日本の出版社に全地域・全言語での排他的な権利を渡した場合、その後にあなたのゲーム(のあなたが自作したバージョン)の評判をインターネットで見かけた海外の出版社から連絡が来ても、彼らに出版してもらうことはできないかもしれません。もしその日本の出版社が国外での出版に乗り出さないなら、あなたのゲームの海外版は幻の存在になってしまうでしょう。
ここでもまた、表裏の関係性が存在することに注意してください。現時点で出版見込みのない地域・言語の権利を相手に渡せば、後のチャンスを失うリスクに繋がります。反対に、出版社に最低限の地域・言語の権利しか渡さなければ、彼らが多くの地域・言語で出版しようと動くインセンティブは失われます。
実際には、出版社と相談し、現実的な見込みがある地域・言語のみを契約に含むことになるでしょう。一度保留した権利をあとから渡すより、一度渡した権利をあとで取り返す方がずっと難しいという点には留意してください。
なお、「地域・言語」と書いてきましたが、「地域」の排他的な権利は厳密に適用することが難しい場合があるため、昨今は「言語」の対象範囲のみを設定することが多いかもしれません。
またこれに関連して、作品の著作権の再許諾(サブライセンス)も重要な条項です。相手の出版社が直接的に出版するのではなく、他の会社とさらなる契約を結んで出版することを可能にするものです。たとえば、「あなたがアメリカの出版社Aと契約したあと、その出版社Aがフランスの出版社Bと契約してフランス語版を出版させる」といったことが可能になります。
再許諾を認めれば、相手の出版社がより多くの地域・言語で作品を世に出しやすくなるはずです。しかし、関係者が増える分、あなた自身の取り分は少なくなるでしょう。特に、「出版社Aを介して出版社Bと契約するのではなく、最初から自分が直接出版社Bと契約すればよかった…」という結果に陥らないように気をつけるべきかもしれません。
最後に、出版契約はあなた個人の活動をも制限する場合があることに注意してください。国内での排他的な権利を完全に渡してしまえば、あなた自身がそのゲームを国内で販売することもできなくなります。もし今後も自分でもその作品を取り扱いたいのであれば、そのことを特記するか、契約の範囲から除外する必要があります。
5. 契約はちゃんと終了するか
契約を交わして、何事もなくゲームが出版されれば言うことはありません。
しかしときには、ゲームが発売されないまま終わることもありえます。仮に発売されて成功を収めたとしても、30年後にどうなっているかまではわかりません。
何らかの要因で契約が期待する効果を発揮しなくなった場合に、契約はちゃんと終了し、作品の権利は自分のもとに返ってくるでしょうか?
・契約の期間はいつからいつまでか?
・契約は何をもって更新されるか?
・契約を終了させるために何が必要か?
・相手はいつまでに発売する義務を負うか?
・契約終了後の在庫はどうなるか?
・相手と紛争が生じた場合の管轄裁判所はどこか?
契約後にゲームが発売されない可能性は、あなたの想像よりもおそらく高いでしょう。そうなった場合に、必ず作品の権利が自分に戻るようにしなければなりません。一般的には、発売の期限を決め(たとえば契約締結から1年後)、それに間に合わなければ契約を終了するという条項を入れることが多いと思います。
また、発売から何年も経って、再生産も全くされないような状態になっても契約が続くことは避けたほうがいいかもしれません。年間で何個売れなければ契約を終了する、あるいは最後の生産から何年で契約を終了する、といった条項を検討してもよいでしょう。他の出版社と契約し直すことで、作品に新たな命を吹き込める可能性があるためです。
そして当然ながら、契約に対する重大な違反があった場合には契約を終了させられるべきです(たとえば、印税の支払いが行われなくなった場合など)。
6. その他のいろいろ
ボードゲームの出版契約には、その他にもいろいろなことが含まれます。
・無料の見本品は何個受け取れるか? 再許諾の他言語版の場合は?
・追加の開発などの作業は必要か? その対価は発生するか?
・グラフィックは現行のものを使用するか? その対価は発生するか?
・発売までの工程で、どの部分の責任を誰が負うか?
・ゲームデザイナーの氏名が明記されるか? その場所は?
・ゲーム内容やグラフィックへの変更の決定権は誰が持つか?
自分はこれらを「その他」として分類していますが、もしかするとあなたにとっては、これまでに述べてきた事柄よりも重要かもしれません。これは、契約においてはただひとつの正しい解答というものは存在しないことを意味するものでもあります。
もしかすると、出版社と契約せずに、自分でゲームを生産・販売していくことこそが正解になるかもしれません。その選択肢も常に天秤にかけ続けるべきです。
また、自分の中で契約が望ましいものになっているかを確認すること以上に、相手の出版社と話し合うことが重要だと言えるでしょう。もしこういったことを相談しにくいと感じる相手であれば、いずれにせよどこかでうまくいかなくなる可能性が高いはずです。
そして何よりも、あなたと出版社が互いの意図と利益を尊重しあうことが重要だということを忘れないでください。よいゲームのアイデアは金の卵ですが、出版社とのよい関係性も、それと同じ輝きを放つ黄金になるはずです。
あなたと出版社のゲームの成功を祈っています!
※ 筆者には国内外で複数の出版契約の経験がありますが、契約に関する専門的な資格の所持者ではありません。専門的な知識が必要な場合は、弁護士・司法書士・行政書士等に相談することをご検討ください。
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