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続・額縁とゲームのフィールドワーク〜京都慕情編〜

あの人の姿懐かしい
黄昏の河原町
恋は 恋は 弱い女を
どうして泣かせるの

(作詞&作曲:The Ventures、訳詞:林春生『京都慕情』より)

この記事は、7/5-9/3にかけてHOTEL ANTEROOM 京都で開催中「せかまほ泊まれる原画展」制作日記の後編です。原画展のガイドとして、あるいは京都旅行記としてお楽しみください。

(制作日記の前編は宿泊するともらえる冊子に掲載、テキストだけでよければこちら

【前回までのあらすじ】
「BitSummit」「art bit展」と並行して行われるHOTEL ANTEROOM 京都期間限定コンセプトルーム企画、3年目の今年は縁あって西島が担当。シンプルに『世界の終わりの魔法使い』の原画展&新作『7』描き下ろしを行うことに決定したものの、完成原画はすでにあるから特にすることがない!? だったら、その外側、「額縁」を自作しよう! ということになり、チャリ圏内のハードオフ、トレファクを回り次々と中古の額をゲット。その数30点超。6月末、いよいよ、原画展の開催が迫ってきたけれど・・・

【2023年6月某日、東京】
 買い集めたの額縁を1点ずつチェック、それぞれのコンディションを確認する。状態の良いものもあれば、パーツのかけているもの、フレームの固定がゆるいものなどもあり、サイズやチェックポイントをメモして額縁の裏に貼る。フレームのホコリを取り、アルコールでガラス面を磨き上げる。

 額縁を一度バラバラにして、掃除し、再度組み立てる。これを繰り返していると、木枠とガラス面とが組み合わさることで、初めて額縁全体の強度が増し、絵画がしっかり固定されるという、「線」と「平面」とが補い合う関係性がよく理解できる。ガラス一枚だと正面からの衝撃に弱いし、平面部分のないフレームはガラスがはめ込まれないとグラグラと不安定。つまり額縁は分解した時が最も弱く、組み立てると強い。トランプのカードで作るお城と同じだ。

ハードオフ、トレファクなどで少しずつ集めた、それぞれにくたびれた中古の額縁たち

【6月某日、東京】
 買い集めた額縁、その梱包を1点ずつ解いていくと、「あれ? こんなの買ったっけ?」とすっかり忘れているものも幾つかある。A4サイズが入るような小さな額縁たちはとてもシンプルだけれど、プチプチで幾重にも梱包して運んだ大きくて重い額縁は、やたら豪華で特徴のあるものが多い。布貼りのものや、額縁内に広く空間を持つものもある。

 試しに描き損じの原画を入れてみると、不思議と立派に見える。未使用の失敗作、つまり無価値であるにもかかわらず、なんだか立派に見えてしまう。逆に100円ショップ系の額縁に入れ直すと、やっぱりしょぼい。一体なんだろう、この現象?

 たぶん額縁は、高価な腕時計やスーツの仕立て、あるいは高級ブランドのバッグに似ている。持ち主自体の人間性は変わらないけれど、ぱっと見の価値を上げていく役割。本来の価値、その人の「本質」よりも評価を高く見せかけるイリュージョンだ。

 ネガティブに考えるなら、額縁をつけて美術館なりホテルの一室なりに飾られた原画の価値は、結局の所まやかしということになる。もっと疑えば美術館やホテルのラグジュアリーさそのものが、幻影かもしれない。すべてを剥ぎ取った「裸」で価値がないなら、いくら豪華な服を着せてもそれは無価値?

 でも、ポジティブに考えれば、飾り付けだって立派な仕事だ。それで人が快適になる、嬉しい気持ちになるなら、ありだ。嫌味のない香水や、食事やお酒をより美味しくする味わいのある器みたいなものだ。ちょっとした贅沢、マナーだ。誰もが「素っ裸」だけを欲しているわけでもない。人間は服を着て歩いている。

 文明社会が滅び、人の意識が消えてしまえば、あらゆる芸術も、マンガも、本質も額縁も、きっと意味を失い、転がる石に等しくなる。でも、とりあえず人間は絶滅せず、社会も機能している。まだ文明の中に暮らしているのだから、せめて礼を尽くし、マナーとして着飾ること=「額縁」も大切なことかもしれない。

【6月某日、東京】
 額縁をペイントする画材を買いに、「コーナンPRO三鷹東八店」へ。コラボルームに設置する額縁の色は『世界の終わりの魔法使い』シリーズ全6巻の各表紙それぞれのキー・カラーを使う。『せかまほ7』こと今回描き下ろした小冊子は一色刷りの薄い灰色なので、7巻の色はグレーとした。

1巻=ブルー
2巻=オレンジ
3巻=イエロー
4巻=ライトグリーン
5巻=ライトブルー
6巻=グリーン
7巻=グレー

 メーカー別に塗料を調べてみると、バリエーションの中にオレンジ色があるものは意外と少なく、混色も考えたけれど、オレンジ色がある「アサヒペン」のペンキを使うことに。額縁に施す木製パーツの接着剤はCMでもお馴染み「ゴリラ・ウッドグルー」。木の繊維に染み込みしっかりと固定できる。その他、発送時の梱包に使うプチプチなど、今回の展示に必要なものはほぼすべてコーナンで揃いそう。塗料と筆、刷毛を購入し帰宅。

【6月某日、東京】
 連載『コムニスムス』のペン入れをしながら、合間に少しづつ額縁づくり。傷があったり、脆くなっている部分を、小さな木製チップで補強していく。

額縁の壊れやすい部分を、木製チップで補強していく

 断片が積み重なっておぼろげな形を描き出す手法は、デザイナー奥村靫正が手がけたウィリアム・ギブソン著『ニューロマンサー』旧・文庫版のカバーのイメージ。あの、紙を切り出してコラージュして人物像を描き出す一連のグラフィックが、中学生の頃から大好き。冊子に収録した制作日記の前編で記した「サトシ・ナカモトの肖像」(2020)は、それを立体で実践した(つもり)の作品。

 破片、壊れたものへの愛着は、思い出せばデビュー作『凹村戦争』(2005)からあり、それは第二作目『世界の終わりの魔法使い』にも顕著だ。

デビュー作『凹村戦争』より、変形する"物体エックス"
謎に満ちたブロックチェーンの設計者の肖像画としての立体作品。Startbahn主催のグループ展「富士山展3.0 - 冨嶽二〇二〇景」に出品


加工し、塗装途中の額縁。ブロックノイズのような謎のディティール


【6月某日、東京】
 額縁のクリーニング作業中に、また一点ガラスを割ってしまう。中古の額縁に同梱されたまま売られている「ドライフラワーで描かれた絵画」は真空パックされているため、臭いもあるし、ガラスに付着した接着剤がなかなか取れない。ガラスを木枠から外し、ゴシゴシこすっていたら砕けてしまった。

 ガラスを割って台無しになった額縁はこれで2点。フレームが残っているのに、捨ててしまうのも勿体ないので、オーダーカットで、サイズに合わせたアクリルボードを発注。メーカーは初めて利用する「アクリルオンライン」。サービスに関してレビューを書くと割引されるサービスがあり、「レビューを書くともう一冊読めるマンガアプリと同じ」と思った。

【6月某日、東京】
 印刷会社「ねこのしっぽ」から刷り上がった冊子が届く。描き下ろし新作一話30P制作日記10P(※)=合計40ページ。ラフながらみっちみちに内容が詰まっている。良い仕上がり。

(※)このnoteはそこに収録されなかった日記の続きです。

【6月某日、東京】
 連載の締め切りを抜けたので、解体、リメイクに続く最終段階、塗装をスタート。まず、イエローの額縁(3巻)4点が完成。

【6月某日、東京】
 グリーンの額縁(6巻)、2点塗装完了。ここまで完成した額縁、合計6点。

【6月某日、東京】
 注文したアクリルパネルが届く。オーダーした寸法は完璧、厚みは「18mm」。ずっしりと重い。そういえば100円ショップ系の額縁はギリギリまでコストを下げるので、アクリルが紙かフィルムのように薄い。それを強化するだけでも、だいぶ印象と強度が違う。

ブルー 4点
オレンジ 3点
イエロー 1点
ライトグリーン 3点
ライトブルー 3点
グレー 2点

 16点の額縁が完成。合計22点。

【6月某日、東京】
 昨日に続き、塗装作業。金属(スチール)製の額縁は接着剤や塗料のなじみ方が未知数なので、今回は取りやめ、合計30点の額縁を制作することにする。30点とはいえ、額のサイズによっては複数枚の原画を入れるので、展示する原画点数は40~50点になりそう。

 この日は8点が完成。650mm x 848mmの最も大きな額縁は、複数の作品を入れるので塗装しないことにした。最終的な額縁と、そのサイズ、展示予定の原画は以下。

1巻=ブルーの額縁 5点(変形2、大1、小2)

変形 35x79.6 地図(2021)
変形15.4x41.5 Take Care(2021)※展示せず
大 72x54.4  5-6,7(2005)
小 36.7x31.5 単行本1・2カバー絵(2021)
小 38x26 5-2(2005)

2巻=オレンジの額縁 4点(大1、中1、小2)

大 58x50 2巻、描き下ろし2,3ページ(2020)
中 49x39.5 2巻、地図(2020)
小 30x29.8 52巻、旧カバー絵(2005)
小 39.2x36.2 フレーム(2006)

3巻=イエローの額縁 5点(大1、中2、小2)

大 50.7x39.3 3巻3-6,7(2008)
中 36.5x25.4 3巻地図(2020)
中 36.5x25.4 3巻地図(2020)
小 28.5x23.5 5-差し替え原稿(2020)
小 35.5x25.5 5-44(2008)

4巻=ライトグリーンの額縁 5点(大1、中2、小2)

大 48.8x39.8 4巻3-8,9(2012)
中 30x30 4巻プロローグ扉
中 36.7x25.5 3、4巻カバー(2021)
小 30x24 4巻1-30(2012)
小 30x24 1-42(2012)

5巻=ライトブルー額縁 4点(大1、中2、小1)

大 43.5x55.7 5巻エピローグ・未使用(2022)
中 44x32 5巻地図(2022)
中 44x32 5巻地図(2022)
小 33x36.7 5,6巻カバー絵(2022)

6巻=グリーンの額縁 3点(中1、小2)

中 37.7x28.5 6巻描き下ろし短編5ページ(2022)
小 34.2x24 6巻5-27(2022)
小 25.5x20.3 ゴミ?(2022)※展示せず

7巻=グレーの額縁 3点(変形1、大1、小1)

変形 42.8x39.7 メインビジュアル(2023)
中 55x37.4 7-22、23(2023)
小 32x36.4 7-2(2023)

その他=ウッドの額縁1点(大1)

特大 65x84.8 4巻、6巻マップ(2021、2022)

描き下ろし『世界の終わりの魔法使い 7 さまよえる双子(仮)』よりアン二世。彼女は魔法が使えない。彼女が手にしている本の表紙は、メインビジュアルではANTEROOMロゴに改変
塗装された額縁の一部。ブルーは1巻、ライトブルーは5巻と、原作の単行本各巻のキー・カラーに対応している。読者には一目瞭、原作を知らない人にとっては単にカラフル

【6月某日、東京】
 展示まであと5日。インストール(設営)作業まであと2日。原画の額装まではできたけれど、発送作業がある。段ボール、プチプチ、養生テープを購入し、梱包作業を行う。マンガの場合、データあるいは紙の原稿を編集部に届ければそれで終わり。でも、展示は梱包・発送まで自分で行う必要がある。大変だ。そこまで含めて、芸・術・家?

【7月某日、東京】
 展示まであと4日。小さめの額装をプチプチで梱包し、クロネコヤマトのサイズ「14」の段ボールに詰める。入りきらない場合は斜めに配置し、隙間には物販の品物や折り曲げた段ボールを詰める。入りきらない大きな額縁は、それぞれを梱包し丈夫な紐で束ねて、ダンボールを巻きつける。

 一連の作業をしていると、「梱包と額縁も似ているのでは?」という気がしてくる。原画を守る額縁、額縁を梱包して守るダンボール、そのダンボールは一つの単位として運送会社のトラックに守られ、海外行きならコンテナに詰め込まれる。二重、三重の入れ子だ。

額縁たちよ、先に京都に行って待っていてくれ!

 夕方には無事発送完了。明日は京都へ。

【7月某日、京都】
 展示まであと3日。昨日発送した額縁を追いかけるように、新幹線で京都へ。久々の単身出張。車窓の風景に旅情を感じる。

 この気分に似合うBGMはないかなと、Spotifyで「京都」と検索すると、出てきたのは渚ゆう子「京都慕情」。演歌のように聴こえるけれど、原曲の作曲はベンチャーズで、「Reflection of peace lake」という英題もある。プレイリストで検索すると「京都慕情10連発」というものがあり、渚ゆう子、いしだあゆみ、EPO、アン・ルイス、いくつもの「京都慕情」が聴ける。

 こういう誰かが作った趣味的なプレイリストは楽しい。僕も個人的に様々なプレイリストを作り、楽しんでいる。谷村新司「忘れていいの」と、サカナクション「忘れられないの」を交互に繰り返し感情が無限ループする「忘れられないの VS 忘れていいの」や、パイナップルに関する歌を集めた「パイナップルを集めよう!」など。汎用性の薄いプレイリストをせっせと作っては、個人的に楽しんでいる。

 「京都慕情」を繰り返し聴いていると、「高瀬川」「嵐山」「東山」など出てくる地名に馴染みはないものの、強烈なノスタルジーを感じるし、ずっと昔どこかで聴いたことがあるような気がしてくる。と思ったら、この曲は阪神・淡路大震災時(1995)をきっかけに作られたソウル・フラワー・ユニオン「満月の夕」にそっくりだ。

 多分コード進行が同じだし、明らかな影響を隠していない。被災を目の当たりにし、幼い頃に耳馴染んでたであろう「京都慕情」(1970)が、自然に思い出されて曲が完成したのかもしれない。プロコル・ハルム「青い影」と松任谷由実「ひこうき雲」的な関係性? せっかくなので「京都慕情10連発」を真似て「満月の夕10連発」を作ってみた。そんなことをしているうちに、京都駅に到着。

 ホテルのエントランスでマネージャー豊川さんと合流し、段ボールを開けると、どのガラスも割れていない。よかった! 額縁の木片の欠けもない。4つのコンセプトルームにざっくり額縁を振り分けて就寝。

HOTEL ANTEROOM 京都エントラスに無事到着。丸い筒は、青山ブックセンター本店の原画展で描いた巨大なライブドローイング。結果的には今回は展示せず。「art bit展」の準備も並行して行われている

【7月某日、京都】
 美術専門のインストーラー業者さんが来て、指示を出しながら客室に設営。「この空間がうるさいですね」「自然な感じで、無造作にまとめましょう」など、やりとりがついつい普段使わないヘア・スタイリストの言葉ようになってしまい面白い。と、同時に、水平を取ったり中央で合わせたり、エディトリアル・デザインのような、常識に即したルールもある。加えてホテル客室というクローズな場所も、ホワイトキューブや広い美術館と違い、かなり変則的だ。具体的に言うと「ベッドの上に額縁があると脚をぶつけるのでは?」とか、「絵が多すぎるとリラックスできないのでは?」とか、そんなこと気になる。エゴではなくケア? 結果、二つほど額縁を減らすことにした。

 21時過ぎには4つのコンセプトルームは完成。近くの銭湯に行き、湯上りに十条をあてもなく歩いていると、街の中に「nintendo」のネオンが見えた。ホテルアンテルーム京都のこんな近くに任天堂本社があるなんて! 現代ゲームの最高峰『ゼルダの伝説 ティアーズ・オブ・ザ・キングダム』をプレイ中していることもあり、感動してしまう。

あの光は!? まさか! ハイラルの大地のマップ上に祠を見つけた気分? 任天堂本社社屋はローメイ遺跡ようなキューブ状でした

 『ゼルダ ティアキン』は、前作と比べ、前作の平面的な地図に、空と地下という高低が加わったマップ容積の大きさと、創造性を刺激するクラフトの面白さが魅力。「ブループリント」という能力は、過去に作った乗り物や道具を、やや劣化させつつ再現する技。コピーを生み出すと「ゾナニウム」という物質が消費される。

 『世界の終わりの魔法使い』の世界の根幹をなす複製魔法「影」も、ブループリント同様に無限にコピーを発生させることができるけれど、ゾナニウムを使う代わりに「魔物」という副産物が生まれる。だから世界そのものを魔法で作り、壊したりを繰り返し、ゲームのように延々と遊ぶことができる。時は流れず、人は歳をとらない。

 パープルームのアランさんと作ったボードゲーム『影の魔法と魔物たち』(2020、アンテルームでも販売中)は、その設定を的確に反映させてデザインされている。

 そうか、魔法はゲームかもしれない。

【7月某日、京都】
 展示まであと2日。十条を通り過ぎるゴミ収集車に、一瞬目を奪われ、二度見、いや三度見。収集車の車体に「魔法使いの帽子をかぶった眼鏡の少女」が描かれている。ゆるキャラと言うよりも、もっとアニメっぽさがある。ホテル内の清掃時にふと見かけたゴミ袋にも、同じ絵を見かけた。

清掃の魔女? 安田リサ、公式Twitterのスクショです

 なんだか親近感が湧くのは、このキャクターが、今回の「せかまほ泊まれる原画展」のために描いた新作『世界の終わりの魔法使い 7 さまよえる双子(仮)』の新メイン・キャラクター「アン」(厳密にはサン・フェアリー・アンの娘)に似ているからだ。僕の新キャラも、要素としては、「魔法使いの帽子に眼鏡の少女」だ。

原画展メイン・ビジュアルより。安田リサちゃんに親近感が・・・

 ネットで調べると、このキャラクターは名を「安田リサ」と言い、産業廃棄物のリサイクルを扱う企業「安田産業グループ」のマスコッなのだそう。リサイクルという彼女の使命も、今回の原画展の裏テーマ「額縁のリメイク」とピッタリ合う。不思議な、運命的な出会いだ。

 公式ツイッターの自己紹介文によれば、「リサは現在12歳、魔法使いの見習い中です。 一人前の魔法使いになるため、人間界を飛び回っています」とのこと。身に付けたい魔法はリサイクルにちなんで「廃棄物を資源に変える」ことだそう。知れば知るほど『世界の終わりの魔法使い』とテーマが重なる。

 直前ということで、ホテルのエントランス「GALLERY 9.5」は「art bit展」の準備で慌ただしい雰囲気。出展作家おおしまたくろうさんと、少し会話。出展作品について説明を受ける。スケートボードを楽器に改変した「滑琴」や、レールに埋め込まれたプラレールがテープのヘッドをこする作品など、見た目は可愛いけれどサウンドが凶暴なところが、僕の諸作品との共通しているとも感じた。

【7月某日、京都】
 展示まであと1日。展示作業にだいぶ余裕が出てきたため、本日はホテルにこもらず、必要な画材を買いがてら、この日だけ、少しだけ観光。

 十条から地下鉄に乗り四条で降りると、大規模な展覧会「ルーヴル美術館展 愛を描く」のポスターが駅構内にずらりと並んでいた。そういえば、この展覧会で販売するytv「シノビー」コラボグッズの監修をしたのは数ヶ月前。

 ハンズで必要な画材(ポスカ、マーカー、マグネットシート他)を買って、大丸のデパ地下の一角で寿司ランチを食べる。ランチセットの中の一貫にピンク色の京漬物の握りが出てきた。京都を感じる。

 知らない土地に来ると僕はよくスーパーやデパ地下に行く。食材の多様さ、傾向、価格帯がわかり、生活が垣間見える(気がする)からだ。

シンプルな寿司ランチ。後列左端が、京漬物にぎり。江戸前に垣間見える京風? 京都といえば手まり寿司もありますね

 地下鉄を乗り換え、東山へ。京都市京セラ美術館は、1933年に開館し、2020年に改修が施されたばかり。伝統と最新設備が同居している印象がある。コロナ対策の整備も含めて、近代建築にテーマパークの合理性が合わさった感じがする。平日の昼なのに、多くの人で賑わっていた。

 「愛」は人々に広く共通するテーマだし、それは目には見えないから同時に永遠の謎だ。見えないものを、絵画にして、説明する行為。でもマンガや物語だって同じだ。『世界の終わり魔法使い』の旧・河出書房新社版の帯に平野綾さんが寄せてくれた帯「愛に生きる世界があってもいいじゃないか!」を、ふと思い出す。良い言葉をいただいた。それももう、16年以上前の話だ。

 貴重なコレクションは見応えがあるけれど、やっぱり額縁が気になってしまう。額縁の形状を超えて、設の方法、例えば裏側にどんなフックがあり、それをどうやって釣り、壁に密着させているか? を知りたくて、作品の前面に集まる人の群れには並ばず、側面から額縁の隙間を覗き見たりしてしまう。作品としてはウスタシュ・ル・シュウールの、現代の絵にも思える省略が施された画風による連作が印象に残った。

コラボグッズは京都限定。京都はytvさんの放送圏なのだ! ぜひご購入ください

 帰り際、シノビーとルーヴルのコラボグッズを購入。東京だと日テレ「ソラジロー」のコラボグッズが作られていたけれど、こちらは京都市京セラ美術館限定品。美術館のすぐ近くには、7月14、15、16日に開催される「BitSummit 2023」(※)の会場「みやこめっせ」があった。すぐ近くにはロームシアターがあり、公園があり、動物園もある。美術館、博物館、公園、動物園がまとまっているので、東京の上野のようなだなと思ったけれど、巨大な鳥居は上野にはない。文化と誉れ、雅(みやび)と権威を感じる。

(※)HOTEL ANTEROOM 京都は、日本最大のインディーゲームの祭典BitSummitの公式ホテル。BitSummitと連動してホテルエントランス「GALLERY 9.5」で開催されるのがゲーム×現代美術の展示「art bit展」。そのタイミングで客室を使って行うコンセプトルーム企画が、「せかまほ泊まれる原画展」です。

向かって右に京都市京セラ美術館、左手がロームシアター、奥が岡崎公園

 バスに乗り、祇園、鴨川、街を眺めて中心地へ戻る。いつだったか、京都 METROで「DJまほうつかい」で演奏したことがあったことを街並みを眺めて思い出す(後に、CDに収録。音源はサブスク配信中)。新福菜館で早めの夕飯を食べ、七条の小さなレコード店兼コーヒースタンドで一服。「京都慕情」の7インチを探したけれど、見つからず。隣の席の女性客同士の会話が、Dr.ハインリッヒのフリートークに聞こえた。

 観光に特化している北側と比べると、HOTEL ANTEROOM 京都のある南側は簡素だ。表と裏。任天堂が十条にあることも、”らしい”と感じる。静かに作品に触れてもらうには、むしろ良いのかもしれない。

【7月某日、京都】
 展示初日。午前中、ルーヴル美術展の展示作品リストを参照しながら、コラボルーム室内別の作品リストをまとめる。制作年代、作品名(該当ページ数)、素材は、最低限のアートのマナー。マンガ原稿のサイズはほぼ全てA4で、ワールドマップの原画のみB4の二枚合わせなので、サイズは明記せず。

展示原画数が最も多いツインルーム「556」の案内。ざっくり雑ですみません

 名和晃平、蜷川実花らの常設コンセプトルームと比べると、期間限定コンセプトルームは入り口のドアが普通で寂しい・・・。そう思って、HOTEL ANTEROOM KYOTOの「Don't Disturb」「Please Make Up Room」のマグネットを真似て、ハンズで買った画材で急遽自作。原画展をやってるよというささやかな合図。入り口が可愛く、楽しそうになった!

不思議な形のマグネットは、HOTELANTEROOM京都エントランスの「敷石」をイメージしたデザインなのだそう

 15時、ほぼ全ての準備が整い内覧会。取材陣が駆けつけ・・・というほどではないけれど、一部のファン、出展作家、知り合いのメディアが来てくれた。「泊まれる原画展」は、言葉を返せば「泊まらないと見られない原画展」になる。京都市京セラ美術館の区分けされた各展示室を回って気付いたのだけれど、よく考えたら全ての部屋に泊まらないと全展示原画をコンプリートできない! 鬼仕様だ!

(あ、アンテルームにシノビーが…)

 でも、繁忙期には、作品を全く知らないお客さまが、望む望まないに関わらずコンセプトルームに割り当てられる可能性もある。そう考えると「ホテル客室」という特殊な環境は、リアル書店とも電子書籍とも違う出会いの可能性を孕んでいる。ホテルはプライベートを守り閉ざされているようで、意外と開かれている。不思議な場所だ。

 ハードルは高いかもしれないけれど、7月、8月、ぜひコンセプトルームに触れて、展示を楽しんでもらえると嬉しい。最後に言いたいことは、これだけ。

Have a nice stay.

(ツインルームはWeb予約可、シングル2部屋、セミダブル1部屋はお電話でご予約いただけます。お気軽にお問い合わせください)

 ところで、原画展とは関係ないけれど念のため(?)に持参した「サトシナカモトの肖像」(2020)が、ホテルスタッフに人気。コンセプトが明瞭なのと、art bit展にも共通する「人力立体ドット絵」ぽさのせいだろうか?

 趣旨が違うのでコンセプトルームには置かないし、厳密には僕は「art bit展」の出展作家ではないので、食堂の奥のギャラリー的な部屋にそっと配置されることに。立体サトシは、大中小の3サイズ。マンガ制作のデジタル化が進む昨今、ロスト・テクノロジーとしての存在価値が上がるであろう原画は販売しないけれど、原画ではないサトシなら売れる。価格帯は雑に以下。ぜひフロント、または西島までお問い合わせを。

Portrait of Satoshi Nakamoto(大)(2020)500,000JPY
Portrait of Satoshi Nakamoto(中)(2020)100,000JPY
Portrait of Satoshi Nakamoto(小)(2020)50,000JPY

価格は変動する場合があります

 もしも売れたら、この原画展は黒字化? せっかくだから別角度の写真も貼り付けておこう。

「サトシ・ナカモトの肖像」(大)側面。木片ともに切り刻まれた作家のVISAクレジットカードの断片が埋め込まれ、資本主義に対する異議を表明している

 最後の一泊、展示が始まった以上、完全にすることがなくなったので、部屋内でレコーディング。日々感じたことを音楽にするHIPHOPアーティスト名義Vtuber Hikaru Minami」(※)として、今回の旅、いわば僕なりの「京都慕情」をテーマにした音源「Hotel EP」を急遽制作、「BitSummit」開催ど真ん中の7/15にサブスク配信をセットした。完全京都録音、このフィールドワークの空気と感情=慕情が込められたなら嬉しい。リリックは以下。

姉さん事件です(Hotel)
姉さん事件です(Hotel)
Have a nice stay

Vtuber Hikaru MinamiデジタルEP「Hotel EP」より


 コンセプトルームのご宿泊予約とご一緒に、ぜひこの配信もご予約を?(おわり)

(※)Vtuber Hikaru Minamiは、西島の主に『ディエンビエンフー』関連の告知用youtubeのオフィシャルキャラクター。映像抜きの音声データを「音楽」「曲」として各種音楽アプリにサブスク配信していたが、アグリケーター「Distrokid」からポリシーに反する=これは音楽ではないというNGが出たため、仕方なく途中からラッパーにジョブチェンジ。結果、再生数は増加した。仕事の合間、暇なときに、素直な気持ちを吐き出すラッパーとして活動中。

エントランスでは『世界の終わりの魔法使い』全6巻(駒草出版)に加え、展示のきっかけになったボードゲーム『影の魔法と魔物たち』や『電子と暮らし』の物販コーナーも。宿泊しなくてもここまでは入場可能です
インバウンドを前提に、英訳のキャプションもホテルスタッフがつけてくれました。文化庁が京都へ移った現在、文化庁メディア芸術育成支援を拡張して作った同人誌「せかまほ私家版」もあります


【おまけ】
旅を終えて、この記事をまとめて改めて作った、「京都慕情〜額縁とゲームのフィールドワーク〜」プレイリストです。京都っていい街だなぁ〜

【追記1】
展示期間が終了し、ホテル客室印税の最終的な収支出ましたが、オジロザウルス的に言えば「尖り 研ぎ続け 媚び売らず 黒字」でした。プー! ご感想も、感謝〜。


【追記2】で、なんか作れそうという気がしてきまして、ついにゲーム開発をすることに・・・・とりあえずプロトタイプで遊べます。

itch.io、集英社ゲームス、各種アカウントもフォローくださいませ。


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