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「売れてない芸人が書いた17の話」【売れてない芸人(金の卵)シリーズ】 高校ズ 秋月 著



はじめに



吉本興業が新人タレントを育成する目的で創立した養成所というものがこの世には存在する。通称、NSC (New Star Creationの略)。

有名な芸人さんの弟子になったり、カバン持ちになったりして、一人前の芸人を目指す。というような、それまでは主流であった芸人になるための道筋を変えたのがNSCだと言われている。

1982年に大阪校が開設。1期生だったダウンタウンさんをはじめ、その後NSCを卒業した多くの芸人さんが今でもテレビで活躍している。大阪校の開設から13年後の1995年。NSCは東京校も開設され、その1期生として卒業した芸人さんには品川庄司さんがいた。

その7年後、僕は東京NSCの8期生として、この養成所に入学した。

NSCを卒業してから18年。僕はまだお笑い芸人を続けている。テレビに出演した回数は片手で数えるので十分。そんな、俗に言う〈売れてないお笑い芸人〉の僕に、「お笑い芸人のことについて何か書いてほしい」という依頼があった。

書ける自信はなかった。
お断りしようと思いスマホを手にしたら、先方から追加で連絡がきていた。その内容を見た瞬間、目を疑った。なんと、原稿料の提示のメールだったのだ。

「え? ノーギャラじゃないの?〈売れてないお笑い芸人〉を人間として扱ってくれるの?」

瞬間的に気が変わり、即OK。「ぜひ書かせていただきます。」と返信した。

さぁ、年に数回しか出会えないギャラをいただけるお仕事だ。書くしかない。

〈売れてないお笑い芸人〉はノーギャラのお仕事なんてザラだ。こちらからギャラの話をするのは気が引ける。それは〈売れてないお笑い芸人〉の生態の1つ。本当だ。

まわりにもし〈売れてないお笑い芸人〉がいたら、試しにこんなお願いをしてみたらいい。

「今度、仲間内でパーティーをするからネタをやりに来てくれないか?」と。

必ず彼らはやって来る。

そして、ネタが終わった後、ギャラの話はせずに彼らにこう言ってみる。
「お疲れ様でした。ありがとう。またよろしく。」と。

その〈売れてないお笑い芸人〉は何か言いたげな顔をする。でも言わない。

そして、「え? ギャラは?」
という言葉を胃の奥底まで飲み込むゴクリという音が聞こえた後に、
「……今日はありがとう。また呼んでね。」と言って、気丈に立ち去るはずだ。
涙、涙の帰り道……。
裏では「ギャラなしかよ!」と文句は言うけど、直接は言わない。

だって、売れてないんだもの。
それが〈売れてないお笑い芸人〉だ。

今回のお仕事は問答無用で書く。だって、ギャラがいただけるお仕事ですから。

ともかく、一般的な人生のレールから大きく脱線してしまった、天国行きか、地獄行きかもわからぬ電車に乗った人間が見てきた車窓からの景色を、これから少しだけ紹介しようと思う。

僕が見てきた「お笑い芸人」の世界を楽しんでいただけたら幸いだ。
 
高校ズ 秋月


1 面接会場から出てきた全裸の男



2000年。19歳の頃だった。

当時、東京で大学生活を送っていた僕は、同じく東京で大学生活を送っていた高校の同級生と2人で、お笑い芸人になるための方法を探していた。

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