小説 -DAWN OF AKARI- 奏撃(そうげき)の い・ろ・は(01)
-DAWN OF AKARI-
奏撃(そうげき)の い・ろ・は
「汝の意志することを行え 」(do that which you want)
フランソワ・ラブレー『ガルガンチュワとパンタグリュエル』より
プロローグ
〔――今世紀最後の秘宝大公開!――〕
通販の誇大広告のような、仰々しい煽り文句が目を引く巨大なポスターが、空港ロビーの至る所に貼ってある。
ここは、ロンドン・ヒースロー空港のクイーンズターミナル(T2)。待合ロビーの其処此処に設置されたフライトインフォメーションボードのデジタル時計は午後1時35分を表示している。エジプト航空が運行するカイロ発のMS777便の到着を知らせるアナウンスがちょうど流れているところだ。
T2内のパブに設けられた大画面テレビでは、現在プレミアリーグで首位を争いをしているマンUとアーセナルの試合が放送中だ。
その試合中継とは反対側の壁に設置されたもう一台のテレビで流れている番組は、屡々報道番組にプレゼンターとしても出演している英国俳優と在英エジプト大使の対談だ。画面には――英埃の友好の架け橋――といかにも英国らしい上から目線のテロップがどうにも滑稽だった。
フラーズのロゴとグリフォン柄がプリントされたビアグラスを片手にエールを飲みながら、店の中央辺りのテーブルで談笑している三人の男達の視線は、どちらかと言えばプレミアリーグに注がれているようだ。
全面ガラス越しの窓から見渡せる空港の外の空は曇天模様で、4月中旬だというのに少し肌寒さを感じさせる。午前中に降っていた雨は午後には止んだものの、地面は微かに湿っていた。
貨物ターミナルでは、幾つかのジュラルミンケースと厳重に木枠で梱包され簀の子状の輸送用パレットに積まれた積荷が空港職員の乗るフォークリフトによって搬送中だ。
それらは今しがたエジプトから到着したMS777便の積荷で、来週から大英博物館で開催される開催される特別展『ルクソールの秘宝展』" Special Exhibition of Luxor Treasures "で展示される予定の出土品だ。
空港の待合ロビーに貼られたポスターや、パブのテレビに映っていた対談番組は、実はこのイベントを宣伝するためのものだった。
今回のイベントでは、古代エジプト王朝に代々伝わったとされる宝石『メネスの涙』が、世界初公開ということもあって最も注目を浴びている。
『メネスの涙』は、古代エジプトにおける聖なる丘の発掘調査で半年ほど前に偶然出土されたもので、日中は煌めくサファイアのように青く輝き、夜間になるとその輝きがルビーのような紅色に変化するのだという。
時間と共に変化するその宝石のしくみについては、構成物質や製法などにおいて化学的にも考古学的にも謎の部分が多く、多くの研究者の間では、実はこの宝石が古代エジプトに伝わる伝説の石[賢者の石]なのではないかとも囁かれている。
今回、『メネスの涙』の 展示公開が決まったことで、イギリスのマスコミや多くのメディアで採り上げられることになった。
そんな中テレビ番組が、『メネスの涙』と英国王室所蔵でエリザベス皇太后の王冠の装飾品としてロンドン塔に展示されている世界最古のダイヤモンド『コ・イ・ヌール』を比較したことで、『メネスの涙』の推定評価額が『コ・イ・ヌール』を上回るのではないかという噂がSNS上で拡散され、今や巷でも大きな話題になっている。
空港警察の立会いの下、検疫を終えた展示品は厳重に梱包されたパレットごと、待機していたウィングボディを架装したISUZU『フォワード』という中型トラックに、荷台側面からフォークリフトで積み込まれた。
油圧で荷台側面をガルウィングのように跳ね上げる事で狭所でも側面からの積降作業が可能なウイングボディ仕様のトラックは、英国では珍しいが、展示会場となる大英博物館の要請で、今回このイベントの輸送と警備を請け負ったロンドンに拠点を置く警備保障会社『ブラック・サイン・コーポレーション(BSC)』が特別に手配したものだった。
積み込みを終えたトラックに、BSCから派遣されたドライバーと大英博物館の学芸員(キュレーター)が乗り込んだ。
ドライバーは短髪のがっちりした体型の男性で、仕事柄なのか顔と腕が小麦色に日焼したこの道25年のベテランドライバーだ。
彼は、受け渡しに必要な書類のチェックと出発の準備を手際よくこなしていた。
キュレーターはロンドン大学(コートルード・インスティテュート・オブ・アート)の博物館学芸員養成コースを修了したばかりでまだあどけなさが顔に残る二十代の男性で、今までこれほどの大仕事をした経験が無いのだろう、かなり緊張した様子で助手席に座っている。
トラックはロンドン・オービタル・モーターウエイ(M25)を北上し、その後ウエスタン・アベニューに進路をとり目的地の大英博物館に向かう予定で、大英博物館までの所要時間はおおよそ1時間13分、空港付近の渋滞がなければ40分ほどで到着できる。
午後2時を廻った頃、空港を出たトラックはM25に入った。
すると、突然トラックの目前に一台のバイクが現れた。1999年に最高速度312キロを記録し世界最速のバイクとしてギネス認定され、優れた走行性能と独特のデザインが特徴のスズキGSX1300R『ハヤブサ』だ。
よく見るとボディが黄と青のチェック柄にカラーリングされているポリスバイクだ。ここからトラックの走行は警察の護衛付きとなった。
空港付近は案の定、いつものように渋滞だった。しかし警察のポリスバイクが先導してくれるおかげで普段よりは割とスムーズに進んでいた。
搬送中における展示物の状態チェックは、トラック荷台内に設置された監視カメラの映像を、助手席側ダッシュボードに取り付けた液晶モニターで、キュレーターが確認した。
「この調子なら予定時間までに到着できそうですかね?」
荷物チェック用の液晶モニターから視線を外し、キュレーターが言った。
プロのドライバーとして振る舞いなのだろうか、ドライバーはキュレーターの問いに答えることはせず、無言のままトラックの周囲を走行する車両に注意を払いながら運転に専念していた。
しばらくM25を進むとドライバーが異変に気づいた。曇天の前方の空を何かが飛んでいる。その飛び方から飛行物体が鳥では無いは一目瞭然だった。しかもその物体は確実にこちらのトラックに接近してきている。
遅れて気づいたキュレーターがつぶやいた。
「?、何か飛んでいる……」
キュレーターはフロントガラスに顔を近づけ、ガラス越しの上空を覗き込むように確認した。
「ドローン?」
前を走っているポリスバイクの警官も上空を飛んでいるドローンを視認している。すぐさま彼も本部に無線で確認をしているようだ。
「……ザー、ピッ、上空を無許可のドローンが飛行中! ……警戒されたし……ピッ、ザー……」
警官からの無線音声の警告がトラックの車内スピーカーを通して聞こえてきた。
空港付近はドローンの飛行禁止区域のはずである。そんな空域でドローンが飛んでいること自体只事ではない。
車内には緊張が走った。
ドローンは走行するトラックの上空をまるで追尾しているかのように同じ距離をとりながら飛行している。その形状から判断するとDJI社製MATRICE 200シリーズ辺りの産業用多目的マルチコプターの改造品だろう。機体全体をマットブラックにペイントし、見たことのない大きな4本のマニピュレーター・アームを下部に装備している。
「私は聞いていないのですが、荷物の搬送をドローンで監視したり……何かする事になっていますか?」
不安げにキュレーターがドライバーに問いかけた。
「――いや、俺は何も聞いてない」
それまで無口だったドライバーだったが、初めて口を開いた。
ガラス越しに飛んでいるドローンを確認すると、キュレーターは再び荷台の監視モニターに目を向けた。
その時、荷台内で異変が起きた。まるで照明を付けたように荷台内部が明るくなったのだ。
「えっ? なに!」
サイドミラーをチラ見したドライバーが突然叫んだ。
「どうなっているんだ? 助手席側のウィングボディが固定されてないぞ!」
トラック荷台側面のあおりと、そのの上のウィングボディを閉めて固定するレバーハンドル付き止め金具(トグルクランプ)が三箇所あるのだが、全て外れてぶらりと垂れ下がって、その隙間から荷台内に一筋の光が差し込んでいたのだ。
「出発前に確認したが、確実にに閉めたはずだ……」
ドライバーには荷台のトグルクランプが外れた原因が全く分からないようだった。
というのも、トグルクランプは一方の金具をもう一方の爪に引っ掛けて、レバーハンドルを反対側に倒すことでスプリングが効いて固定される構造で、閉める時には多少なりとも力を入れなければならない。ドライバー自身がトグルクランプを閉めたのだが、その際少し慌てたためトグルクランプに手の皮膚を挟みそうになった。そのときの手の痛みが、彼にはまだ感覚として残っていたのだ。
戸惑うドライバーをよそに、左側のウィングボディが走行中にもかかわらず上がり始めた。あおり同士はエビ金ハンドルが効いているので積荷が荷台からずり落ちるようなことは無いが、荷台に積まれたパレット木枠の梱包が露になった。
「なに! 誰かが開閉ボタンを押したのか! どうやって?」
荷台のウイングボディの開閉は、トラックの荷台後ろの下部にある開閉ボタンを手で押さないと操作出来ない仕組みになっているので走行中に開けることは不可能のはずである。
バックミラーに映るトラックの異変に気づいた警察官が、バイクのスピードを緩めて、トラックの左側に回りこみ荷台の確認しようとした。が、突然バイクの前輪タイヤがバーストしてバランスを崩し転倒。辛うじてトラックとの衝突は回避したが、バイクに乗っていた警官は路上に放り出された。
次の瞬間、上空を飛行していたドローンが急降下して開放されたトラックの荷台に侵入してきた。
ドローンは下部のマニピュレーターアームを素早く動かしながらアーム先端に取り付けられたカッターで積荷をパレットに固定したラッシングベルトを切断し、他のアームで積荷の中の小さなひとつを掴むと、まるで鷹が地上の獲物を捕獲して飛び去るように 再び急上昇して空に消えていった。それは時間にしてほんの数秒ほどの出来事だった。
ドローンが奪い去ったのは、宝石類などの小型サイズの出土品を収納したジュラルミンケース。そう、中身はあの『メネスの涙』だった。
ケースに取り付けられたGPS発信器の信号を頼りに、事件から間もなく警察による捜査が開始されたが、一時間後にテムズ川で発見されたケースは蛻の殻だった。
事件直後の現場検証でさらに衝撃的な事実が発見された。
ポリスバイクのタイヤと、トラックの三箇所全ての止め金が、ライフル銃によると思われる狙撃で射抜かれていたのだ。しかもトラックの後下部に設置されているウィングボディの開閉用スチッチボックスは、驚異的に正確な狙撃でオープンスイッチが押された状態のまま戻らないように弾丸がボックスにめり込んでいた。しかもボックス内の電線や回路には一切ダメージを与える事も無く。
走行中のトラック車両の何箇所もあるポイントを瞬時にしかも正確に狙い撃ちすることはまさに神業で、オリンピックのライフル射撃競技の金メダリストを以てしても到底不可能な芸当だった。
当初、警察は犯行の特殊性から犯人を簡単に特定出来ると思っていたが、その後の捜査でも事件解決の糸口はまったく見つからなかった。
事と次第によっては英埃間の国際問題にもなりかねないこの事件は、当然のごとく事件の次の日のTVや新聞はこの話題で持ちきりとなった。
そのあまりにも巧みにやってのけた犯人の手口を評してタブロイド紙は、
〔現代版ジェームズ・モリアーティ登場にベーカー街騒然!〕
〔スコットランドヤードもお手上げ。さあ、ホームズを探せ!〕
と、まるでドラマや小説のごとく読者を煽るように書きたてていた。
それによって、好奇心旺盛なロンドン市民の間でも数々の噂が囁かれた。例えば事件が高度な技術力を持つプロの仕業との見方から、背後にイギリス情報機関(MI6)が関与しているのではないかとか、過激な宗教思想を持つ紛争地域のテロリストがイギリスの国際的信用を失墜させるためにやったテロ事件だとか、あの有名な国際窃盗団ピンクパンサーの犯行だとか、それ以外にもおおよそファンタジーに近い都市伝説までが実しやかに。
――そして発生から1ヵ月ほどが経過したこの奇妙な宝石強奪事件については、ロンドン市民が待望するような名探偵は未だに現れていない。
1
ロンドン郊外、イングランド南部のバークシャー州にあってテムズ川とケネット川の合流地点に位置するレディング。
中世後期より繊維産業で発展したこの都市(まち)のテムズ川のほとりにある小さな森には、近くに公園や高級住宅地があり、喧騒なロンドンとは対称的に穏やかな場所だ。
公道から脇の小径を通って森の中に進むと、いかにもイギリスらしい一軒の端整な別荘が現れる。森の木々に囲まれた広めの中庭(コートヤード)や、玄関付近は屋外でのパーティーも可能なバーベキュースペースも設けられている。家族や友人と、休日をのんびりと過ごすには快適な場所だ。
ところが5月に入って最初の日曜日のこの朝だけは、隠者のような静かな体を備えていたはずのその森が一変していた。
昨晩からの雨が止み、朝露で濡れ青々とした葉っぱを覆い隠すように朝霧が立ち籠める中、別荘の玄関先には何台かの警察のパトカーや消防車といった特殊車両が並び、眩しく青白い警光灯を点滅させていたのだ。確実にそれは、瑞々しい朝の森の景観を台無しにしてしいた。
車両の向こう側では何人かの警官やレスキュー隊員たちが、別荘から出たり入ったりと慌しく動き回っている。
玄関を開けると、広めの玄関ホールがあり、その奥には暖炉を中心に左右にはオーク材を多用した高級アンティーク家具が並ぶ立派なリビングルームがあった。
セレブのおしゃれで豊かな暮らしぶりを感じさせるその場所も、この日の朝だけはいつもとは様子がまったく違っていた。
「これは……一体全体どうなってんだ!?」
露でうっすらと表面が湿ったアクアスキュータムのトレンチコートを羽織り、その内にはポールスミスのスーツとトーマスピンクのシャツを着こなした、長身で金髪の若い男がこの部屋の惨状を見て驚愕した。
碧い瞳の眼光鋭い明らかに領袖(りょうしゅう)のその男は、所轄のテムズバレー警察から応援要請を受けてロンドン警視庁(MPS)から来たテロ捜査の専門家、アレイスター警部だ。
爆弾によって破壊された焼け焦げた扉や壁、天井に至るまでの夥しい弾痕、血の海で染まった床、足下近くには針が8時15分を指したまま壊れたロジャー・ラッセルの壁掛け時計が転がっていて、まるで戦場と見紛うような状態だった。
「マフィアの抗争じゃあるまいし、ここまで派手な手口は見たこと無い……」
リビングで現場検証写真を撮っていたひとりの鑑識官のファインダーを肩越しに後ろから覗き込みながら、アレイスター警部は周りに訊いた。
「別荘の持ち主(オーナー)は分かっているのか?」
アレイスターがそう言うと、鑑識官のすぐ横にいた撫で肩の小男が、肩掛けの鞄から素早く取り出したBQ製のUBUNTU(ウブンツ)タブレットを操作しながら答えた。いかにも神経質そうな顔をした所轄の制服警官だ。
「はい! 確認出来ています。この別荘のオーナーは、ミスター ジョン・アリシマ。株式会社アリシマノーラン製薬の業務執行取締役 (マネージング・ディレクター :MD)で王立協会フェローのジョン・アリシマ氏が…… 」
彼の手にあるタブレット画面には、短髪黒髪ですらっとした眉毛、鳶色の瞳、日焼けした小麦色の肌というまるでスポーツ選手か舞台俳優のようなハンサムな顔立ちの男性顔写真と、ジョン・エドワード・アリシマ、1970年生まれの日系二世、出身はロンドンから北東に約110キロ離れたイングランド東部のサフォーク州都イプスウィッチ、身長5フィート1インチ、体重8ストーン5ポンドの小柄な体型というパーソナルデータが表示されていた。
「なんだって! ジョン・アリシマ?」
警官の報告に驚いたアレイスターが聞き返した。
「え~と……近隣住民の証言によると、昨夜大きな爆発音と銃声が聞こえたのは午後八時ごろで……通報により……」
報告を続けようとする警官を遮るようにアレイスターが切り出した。
「病院に搬送した中に、彼……ジョン・アリシマ氏はいたのか?」
「いえ、搬送したのは……シークレットサービスが……」
「シークレットサービス?」
「はい。昨夜は四名が警備保障会社からアリシマ氏の身辺警護に派遣されていたようです」
「何所の警備保障会社だ?」
「確か、ブラック・サイン・コーポレーションです」
「BSCか……他には?」
「それとこの別荘の管理人が……搬送者は計五名です。内一名が意識不明の重症で、残り四名は全員即死状態でした。アリシマ氏はこの別荘で昨夜、ごく一部の御身内だけで会食をしていたようです。 アリシマ氏本人とその御身内の消息については現在消息不明で、警官とダイバーを動員してテムズ川周辺も含め付近を現在捜索中です。また、昨夜から現在に至る市内全域の監視カメラの映像解析も進めています」
アリシマノーラン製薬は、本社をロンドンに置く日本とイギリス企業の合弁会社で、次々と新薬や特効薬を開発していて、医学会で今最も注目されている企業だ。
経営者のジョン・アリシマは、博士号を持つ化学者でもあり、多岐に及ぶ彼の研究は、それぞれの分野において優れた功績を残している。一昨年その事が認められ、イギリスで最も権威のある科学学会、王立協会(ロイヤル・ソサイエティ )のフェローに選出された。
「……もしもアリシマがマフィアと関係していたとなると、スキャンダル好きなタブロイド紙の恰好の餌食になることは間違いない……確か、彼の会社はイギリス国防省(MOD)関連の研究開発もしてたはずだが……そっち絡みだとしたら……上層部からの圧力でこの事件は迷宮入りの可能性大だな……」
アレイスターは事件の様々な可能性について考えを巡らせた。
「警部!」
突然、奥の部屋を捜索中の警官がアレイスターを呼んだ。
「何だ、どうした?」
奥の部屋は書斎だったようで、本棚は倒れ書籍や資料が床に散乱していた。
「警部、これを見てください」
警官が指差す方向には可動式の本棚があり、その背面に別の部屋――構造的には地下――につながる鋼鉄製の扉が隠されていた。
「シェルター? それともパニックルームか?……もしかして、アリシマは無事なのか? 開けてみろ!」
アレイスターの指示に、救助工作車から空圧切断機(エアソー)を持ってきたオレンジ色の防護服のレスキュー隊員が扉を切断し始めた。惨劇の現場は、引火や爆発の危険性があるので慎重な作業だった。
「……まだか?」
「開きました!」
大きな鈍い音と共に扉が開き、地下室につながる階段が現れた。
「ライトを!」
警官がアレイスターにLED投光器を手渡した。
「二名ほど蹤いて来い。いいか、気をつけろ! 中の状態は不明だ。何があるか判らんので防煙マスク (エクスケーパー)も準備しろ!」
そう言うと、アレイスターが投光器を片手に階段を下り始めた。二名の警官と先ほどのレスキュー隊員一名がそれに続いた。
階段を下り切ると目の前に再び鉄の扉があった。普段はセキュリティ・ロックか何か掛かっているのだろうが、火災で電源が落ちているため全く機能していない。レスキュー隊員の常備しているNUPLAのハリガンツールを使って難なくこじ開けることが出来た。
扉の向こうに広がる部屋を投光器で照らしながら、アレイスターはエクスケーパーを顔から外した。
「煙は充満してないようだし、ガスも無いようだ」
二十畳ほどあるこの地下室の部屋は、中央に手術ベッドのようなものがあり、多くの精密医療機器や薬品、そして無数のパソコンなどが並ぶまるで医療用の処置室か研究室のようだった。
「一体全体ここでなにをしていたんだ?」
事件捜査や人命救助については専門ではあるが、科学の知識のない彼らにとってはこの地下室の施設全てが意味不明だった。
「専門家に調査してもらう必要があるな。本庁に連絡して科学捜査課 (SCD4)に応援を要請する」
アレイスターはポケットからスマホを取り出した。
「くそっ! 繋がらない」
携帯の電波がこの地下まで届かないのか、それとも遮断されているのだろう。
「すまないが上に行って電話してくる。俺が戻るまでここにあるものには一切触らないでくれ」
警官たちにそう言い残して、アレイスターは素早く階段を駆け上がっていった。
彼が本棚裏の扉からから出たその時、地下で大きな音がした。何の前触れも無く地下室が突然爆発したのだ。
「――ぐはっ!」
アレイスターは唸りとも悲鳴ともつかぬ声を発しながら、その場所から別荘の入り口方向まで吹っ飛ばされた。
爆発で無惨に破壊された本棚裏の地下室の扉が彼の背中を直撃したのだ。
地下から吹き上げた炎と煙は爆風とともに上の階にまで到達し、飛び散った破片は別荘の窓や壁、そして屋根をも突き破っていった。
轟音と共に別荘の屋根を突き破って爆炎が立ち上がるその瞬間、遠く離れたアパートの一室の窓からその模様を確認するひとりの人影があった。
――――物語は02に続く――――
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