立志抄
三十にして立つ
僕は来年で三十歳になる。
波瀾万丈の人生だった。
人間の死や病苦に直面し震災やパンデミックも経験した。
悲しみを受ける量は多かったと思う。
精神錯乱にもなった。
今こうして安祥として文章を書いていることが不思議でしょうがない。
僕は一度死線を彷徨ったことがある。
三途の川というものを見たのである。
向こう岸にはとても美しい桃源郷があった。
だが祖父や父の声を聞いて渡るのを思いとどまった。
僕には使命と言うべきものが存在するのかもしれないと最近思うことがある。
僕は人と少し違うのではないかとも思う。
お金や名誉のためには動かないし守るべきものもない。
捨て身の覚悟で好きなことに没頭できる環境がある。
これは十年かけてやっと手に入れたものである。
その中で病気や死に直面して苦しみ命と向き合う時間があった。
僕は十八歳の時学問を志し作家になろうと思った。
そして作品を描き始めて小説や戯曲の才能はないことに気がついた。
空が明るくなってきた。
そして何ができるのだろうと考えた。
サラリーマンとしてもうまく行きそうにない。
映画やテレビの道はどうだろうと最近思うようになってきた。
三十歳に俳優やタレントを志すのは遅いかもしれない。
二枚目は無理だから三枚目になろうと思う。
ピエロになって人を笑わせようと思う。
僕は漫才のコンビを組もうなどと言われたことがある。
一度目は小学校六年生の時二度目は高校三年生の時。
単独でやりたかったしもっと大きなものを目指そうとしていたから二度とも断った。
二人ともとても怒っていたし高校の頃「タッグ組もうぜ」と言ってきた子は僕に対して陰で悪口を言っていた。
僕がノリが悪い奴だと思ったと思う。
変わり者だとも思ったと思う。
でもその時はまだ実力も度胸もなかったし人前で何かをやるのが怖かったから断って正解だったと思う。
その二度の誘いに乗っていたらもっと早く僕は壊れていたと思う。
僕は自分の意思で芸能界に入ることを決めた。
まだ実力不足だし何ができるかわからない。
雇ってもらえるかも仕事がもらえるかもわからない。
まだピンからキリまでで言ったらピンの方だし三流以下だと思う。
セリフを覚えることも演じることもネタをやることもできない。
スターになる要素もあるのかどうかわからない。
我武者羅に突っ走る年齢でもない。
礼儀正しく振る舞うことしか今の僕にはできない。
芸能の道は鋭く険しく本当の血が出る場所である。
自分の才能を見出して開花させるしかない。
今日も僕は何かを求めて東京に行く。
渋谷の街で無名の市民として働く。
芸能界なんて夢のまた夢だ。
本当に芸能人になろうとしたら反対の嵐になることは目に見えている。
今通っている仕事場も辞めなければならないかもしれないしその後仕事が来るのかもわからない。
そして苦しんで気を病んで入院することになるかもしれない。
僕は作家になることは諦めた。
本当は大河ドラマを作る劇作家になりたかった。
才能の壁を越えられなかった。
才能がないことに気がつくまで十年かかった。
もっと早く気づくべきだった。
コミュニケーションや喋る能力も過信していた。
自分には何があるのだろう。
考えても考えても答えは出てこないし泥沼にハマるだけだ。
自分が好きなものは何だろうと問うこともなくなってきた。
本を読むことも文章を書くことも音楽を聴くことも絵を描くことも作業になってきた。
こうして書いているが全然楽しくない。
義務感でやってただけなのかなと思う。
何で作家になろうとしてたんだろう。
この十年太っただけで何の発展もなく消耗してスポイルされただけだった。
音楽を聴いて小説を読んで影響されて作詞して小説を書いてみたけれどずっと何も起きなかった。
小説家や有名人にあったけど自慢にもならないくらい何も起きなかった。
才能のある人はずっと舞台に立ち続けて才能のない人は一生陽の目を見ない。
僕は後者でありただテレビで芸能人を見て笑ったり感心したりするだけだ。
才能がないことに気がつくことも才能かもしれない。
非力なことを嘆くのではなくポジティブな思考に変換させることも必要だと思う。
別に今の人生辛いわけじゃないしそれなりに幸せだしいいのではないか。
有名になる以外にも人生のモチベーションはあるだろうしただ目の前の課題を乗り越えていくだけだろう。
もうそろそろ支度して出掛けないと。
タワーレコードに寄ってKing Gnuの"THE GREATEST UNKNOWN"を見てみようかな。
僕達は特別だ。