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記憶の中の


手先の器用な父はとても絵が上手だった。

大きなスケッチブックの中には
兄、私、弟3人を描いた絵が沢山つまっていて

私は幼いころから
そのスケッチブックを見る時間が
とても好きだった。

中学生の時に父と離れて暮らすことになり、
父の絵を見ることがなくなった私は、

16歳の自分の誕生日のお祝いに、
「父の描いた絵がほしい」と父に言いたかった。

でも言えなくて、
今でもそのことを覚えている。

なんでも話せる仲ではなかった。

(父が注いでくれる優しさ、愛情、威厳
それらは言葉ではなく心で送り受け取りあっていた感覚がある。

だから、言葉にして何かを求めることが
当時の私には小っ恥ずかしくてできなかった。)

それから1ヶ月と経たない間に父は事故に遭い、
意識不明となり数ヶ月昏睡状態に。

意識が回復した今は、脳と身体に麻痺が残り
介護がなければ1人での生活もままならない。

記憶は朧げとなり、
絵を描くこともできなくなってしまった。

家にも、私の手元にも、どこにも、
父の描いた絵は残っていない。

もし16歳のあの夜、
父に言葉にして伝えられていたら。

いや、16歳のあの夜。

言葉にできなかったから、

父の絵はずっと私の記憶の中に。

特別なものとして、御守りとして
あり続けてくれているのかもしれない。

決して無くさないものとして、
記憶にあり続けてくれるのかもしれない。

と、思ったり。

離れている父へ、

ありがとう。

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