
SFを集めるきっかけ
はじめに
この文章は過去に某所に記したもの。もう20年以上前にもなれば、当時の若者は中年。時が経過するのはあっという間である。それまでは本を買うことは新刊書店しか知らなかったので、古書店に足しげく通うことになろうとは当時は思っていなかったはず。当時、SF文庫といえばハヤカワSF文庫だったのは、『SFハンドブック』の影響が大きい。その後創元SF文庫があるのを知り、こちらも集めるようになり、文庫落ちしていないハードカバー本、サンリオSF文庫、銀背…とディープな深みにはまっていくのだった。
そうやって蒐集してきた本をそれなりにキープし続けた結果が、本の山脈を形成。でも集めることによってわかることもたくさんあったので、それはそれで公開をしていない。少し手直ししているのだが、当時のワクワク感や相場観が伝わってくるのでnoteで公開してみる。
SF文庫を蒐集する
1990年代終わりごろ、SF小説、特にハヤカワSF文庫を集め始めた。当時1000冊以上のハヤカワSF文庫が刊行されていたが、そのうちの6割が既に絶版品切れ状態。紹介されていない本は当然それに含まれていた。五里霧中の状態の中、ハヤカワSF文庫コンプリートの道を踏み出した。
当時、渋谷や早稲田、神保町などの新刊大手書店には、品切れの本が並んでいることがあった。例えば山岸真・小川隆編『80年代SF傑作選』やクリフォード・D・シマック『中継ステーション』などの本などである。しかしそこだけで買い集めるのも限界が出てきた。
本を探求しているうちに、古本屋が集積している早稲田、神保町、中野、町田等の地に足繁く通うことになる。当時はブックオフのような大型リサイクル店がなかったので、伝統的な古本屋さんを回るしかなかった。本の価格も古本屋の価値判断によって決まるため、目的の本が買えるかどうかは運と店主との相性にかかっている。本の価値は店主の興味によって変わってくるので、その古本屋が何を専門としているのかを十分把握する必要がある。希少価値のある本は、専門古書店ならば定価よりも高い値がつくが、専門外の店では二束三文で売られている場合もあるからだ。しかしまだ古本初心者だったぼくはそんなことは知らずに、値段が高くとも見つけてはすぐに買い、直後に安い値で見つけて愕然とすることもしばしばだった。そんなことを繰り返すうちに、だんだんと相場感覚をつかんできた。
自分の場合、種本が早川文庫の『SFハンドブック』だったため、必然的にハヤカワSF文庫を集めることになった。特に入手に苦労したといえば、ゼナ・ヘンダースン<ピープル・シリーズ>。一つの谷に住む村人たちが実は宇宙人で、超能力を持つ人々だったという魅力的な設定の本書は、恩田陸が『光の帝国』でオマージュを捧げたことで、若い読者にも知られることになり、当時の古書価は非常に高かった。後に復刻され、現在は新刊として入手可能だが(2024年現在は品切)、今のちょっとお高めの文庫分ぐらい(ちくま学芸文庫2冊分)支払った。他にもノーマン・スピンラッド『鉄の夢』やJ・G・バラード『ヴァーミリオン・サンズ』は1冊あたり、現在の中公新書2冊分ぐらいお金を払った。新刊本の値段が上がった今、むしろそのときに払った価格が安く思えるのが不思議ではある。
沼にはまる
ハヤカワSF文庫をあらかた集め終わると、次は創元SF文庫の収集とハヤカワFT文庫と幻想・怪奇の入ったハヤカワNV文庫、そして今は一部復刻を除き入手が難しい銀背(ハヤカワSFシリーズ)、サンリオSF文庫、ハードカバーオリジナルのSFの書物の収集に力を入れ始めた。例えば創元SF文庫ではM・Z・ブラッドリー<ダーコヴァー年代記>(全22巻)あたりが厳しかった。特に、最後の巻『キルガードの狼』は上下分冊だったため、揃いを探すのに苦労し、ようやく中野の専門店で2冊揃いで販売していたのを見つけコンプリートした。結局全巻集めるのに、国書刊行会の高額ハードカバー代程度費やした勘定になる。
ハヤカワFT文庫ではハヤカワFT文庫のクェンティン・クリスプ『魔性の犬』を東京創元社のハードカバーぐらいのお値段で(のちにダブりとなり悶絶したが)、銀背のエドモンド・ハミルトン『フェッセンデンの宇宙』をちくま学芸文庫の新刊分ぐらいで購入。。サンリオSF文庫ではミシェル・ジュリ『熱い太陽、深海魚』 。この本はただでさえレアなフランスSFであることに加えて、訳者が『花腐し』(新潮社)で芥川賞を受賞した松浦寿輝ということもあり、一時古書価格が異常に高騰したレアな本となり、ちょっとお高いハードカバーぐらいのお値段で購入してしまった。
そして自分の読書範囲や興味の対象が広がるにつれ、日本人SF作家の作品も集めるようになる。山尾悠子の『仮面物語』『夢の棲む街』、山田正紀『宝石泥棒』なども当時は入手困難で読むことができず、苦労して探したものだったが、2000年に入って国書刊行会から『山尾悠子作品集成』が刊行されたり、山田正紀も主だった作品がハルキ文庫で復刊される(2024年の今は品切れ中)など、容易に入手できるようになった(ただし山田正紀作品とは対照的にその後、山尾悠子作品は新刊で買えるようになったので、隔世の感がある)。こうなるともうSFと見れば、国内外に限らず集めようと思いはじめるようになり、すでに立派なSF古書マニアと化していたのである。
2000年代のSFガイドブック
現在はインターネットのオークションやアマゾンマケプレにより、一般的な古書価を知ることが容易になった上に、SFの入門書が近年増えてきている。一つは、早川書房が『SFが読みたい!』や、『新・SFハンドブック』など新たな初心者向け入門書を出版し、面白く手に入り易いSFの情報が簡単に手に入るようになった。特に後者は『SFハンドブック』の内容を更新し、現状況に対応させたものである。特に新鋭のSF作家らによる各自のベスト5を選び、編集部がその中の1冊をピックアップして紹介するという形式にも工夫が見られる。さらに森岡浩之氏&藤崎慎吾氏のSF遍歴対談など、新しく活躍し始めた人たちによる企画も増え、現況に即したガイドブックとなっている(#これらも懐かしいが、2000年代のころはこういうことがあった)。なので、現在出ているSF入門的なものは、冬木糸一さんの『SF超入門』(ダイヤモンド社)、日本SF作家クラブ編『現代SF小説ガイドブック』(ele-king books)、『創元SF文庫総解説』(東京創元社)、『海外SFハンドブック』(ハヤカワ文庫SF)と、かなり充実しているので、2000年代に比べると現在は恵まれているといえる。
とはいえ、このようなガイドブックはあくまでも指標にすぎない。SFを読むきっかけがどんなものであれ、自分の興味と好奇心やそのときの調子に従って読んで行けば間違えはない。ただ好奇心が旺盛すぎると、本をたくさん買いすぎて積ん読本が家の中を占拠し、買うスピードの方が読むスピードよりも確実に上回ってしまう。小生は現在そんな状態で増殖しつづける本に、読む量がついていけずにいる。こんな末期的な状態にならないよう、お気をつけあれ。
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