![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/120990317/rectangle_large_type_2_a3bf16963e7fe54c571d268f2fbaf196.png?width=1200)
月の光に照らされて
煙草の空き箱と空のウォッカ瓶、空のPTPシートに囲まれて私は部屋の中で1人床に倒れ込んでいた。
声も出ない
ただ小さな音たちが私の体の中を走り回っている。どれだけ時間が経っただろうか
死んだ魚のような目でふと窓に視線を移してみるとそこには確かに暗闇の中で光るたった一つの星が見えた。
『月は孤独な人にしか光を与えないのね』
私の名前を叫ぶ声と救急車のサイレンが私の体に走った最後の音となって意識は途切れたのだった。
5年後…
バルコニーのベンチに座って足を組む。
煙草の箱を開けると最後の一本が入っていた。
「しょうがないなぁ、あとで買いに行こうか。」
と最後の一本を咥えて火をつけゆっくりと吸い込んで吐き出す。いつも通り
夜空をふと見上げてみた
東京の空はいつも薄汚くて星なんてほとんど見えないのにたった一つ吸い込まれるように美しい満月が確かにそこにあって心が揺らいでいるのを感じる。
そっと目を瞑って息を吸い込んでみた
「東京の空気はなぜこんなにも肺に重くのしかかるのだろうか。」
すると冷たい記憶が頬を流れた
『あれ私、泣いてる。?』
私は今確かにここにいる
それなのに遠い昔にいるように感じる
全身に電撃が流れたかのような感覚
体が崩れた
私の中で声が聞こえる
あの頃の自分が
Flashback
確かに聞こえた声が…クルシイ
あの時の
見える確かに見える…タスケテ
オメェブットンデンダヨ
タダイイヨウニツカワレテルダケ
アイツヤベエカラチカヅクナ
「お願いもうやめて』
オメエミテエナキタネエオンナ
サッサトシンデシマエ
「違うただ抱きしめてほしいだけなの』
ダレモオマエヲアイサナイ
叫び声と笑い声が入り混じる
怒りと悲哀が湧き上がってくると同時に
このまま世界は見えなくなってしまうのではないだろうかという恐怖と過呼吸で息が詰まる。
ぼやけて前がよく見えない
血液に溶け込んだ記憶は私の体中を容赦なく駆け巡っていく
笑えば笑うほど、叫べば叫ぶほど
冷たい記憶が頬を流れ続け体の感覚は次第になくなっていく。
必死になってもがいている
時間の流れももはや感じられない
意識が途切れそうになった
するとどこからか私の名前を呼ぶ声が聞こえた
女の子の声
そんなに遠くはない
すぐそこで
顔を上げてみるとそこにいたのは
黒髪ロングの少女だった
腕は血まみれで
広いおでこに卵形の輪郭
顔にはいくつもの痣があった
少しばかり色白だから余計に目立つ
どこか淋しい目でそれなのに優しく微笑んでいるのだ
はっとした
あの頃の私がそこにいたのだから
彼女は私の前にきて手を差し伸べてこう言ってくれた
《貴方は私を救ってくれた。だから今度は私が貴方に手を差し伸べるよ。》
私は彼女の手をそっと借りて立ち上がった。
優しく微笑む彼女の右目からはたった一粒の涙が溢れているだけでそれ以上彼女が喋ることはなかった。
『抱きしめないと…』
彼女を自分の腕の中に引き寄せようと引っ張ったら我に返った。
彼女はもうどこにもいなかったのだ。
自分が今立ち上がれているのは紛れもなく彼女のおかげなのに。
1人ぼーっと突っ立っていた。
どのくらいかは分からない。
だけどこの頃には私の頬を流れていた冷たい記憶は昇華し呼吸もゆったりとしていた。
瞼が少し重い。だけど帰ってきたんだ"今"に。
さっきまでの感情が嘘みたいに安心感に包まれていた。
『彼女は私。私も彼女。そっか』
『もう大丈夫。
彼女が微笑んでいるのなら』
そう心から思えた。
『ありがとう』
そう言葉にして私は部屋に戻り煙草の空箱をゴミ箱へと捨てたのだった。
『遠い昔のように感じる。痛みの中でただもがいていた、その事実だけは体に残ってるけど何があったかあまり思い出せないんだ。』
「でもお前変わったよな本当に。」
『そうね、今は誰よりも自分のことが大好きだから』
「なんだよお前」
腹を抱えて一緒に笑っているのは
親友のリリー
相変わらず私にツッコミを入れてくる。
地元の居酒屋さんにてリリーとそんな会話をしていた。
『ねぇ、知ってる?狼って』
「ビール二丁お待たせいたしやした〜
こちらがお通し、それと灰皿になります」
話の途中で活気のある声とともに店員さんがビールとお通し、そして灰皿をテーブルに置いてくれた
「それでは乾杯をご一緒させていただいてもよろしいでしょうか!今日も一日お疲れ様でした!
乾杯ーっ!!」
乾杯〜〜!!!
ありがとうございます!
『うんまぁ〜!やっぱビールって最高だね』
『なんか他にも頼もうよ!唐揚げ食べたい!あとたこわさ、だし巻き卵だって!リリー美味しそう!あ、待って焼き鳥も!!』
「お前はチョイスがおっさんなんだよ!しかも絶対食べきらないじゃん〜」
『欲張りすぎかな⁉︎いいじゃ〜んお腹空いてる!』
私は煙草を咥えてお気に入りのジッポで火をつけた。ジュッと確かに燃える音が聞こえゆっくりと肺に煙が入っていく。そして吐き出した。
ビールを流し込む
『すいませーん!ビール2つと唐揚げとたこわさ、だし巻き玉子!あと串の三点盛りを2人前!お願いしますっ!』
「いや、私は緑茶ハイ」
『あ、はい!すいません!ビール2つと緑茶ハイをお願いしまーす!』
「は〜いかしこまりました!」
「なんやねん、お前本当に」
店員さん、リリー、そして私の3人の笑い声が響いた。
『ビールも飲めば良いじゃんっ!まあまあお姉さん煙草でも吸ってくださいよ。』
彼女に煙草を渡して火をつけた。
「さんきゅ!」
大好きなビールを飲みながらリリーと他愛もない会話をしていた。
リリーはあの時と変わらない
私が笑っている時も、泣いている時も、変わらずそばにいる。
自分の人生を全て捧げたとしても君に恩返ししきれないよ。
他愛もない会話が続いた
子どもみたいに笑っているけど
私たちはあの時と変わらない
お店を出て次どこに行こうかなんて考えながら2人で歩いている
都会のネオンが私たちを照らす
「ねぇさっきの話なんだったの?狼がなんちゃらとか」
『あぁそういえば話してなかったね。』
『一匹狼って言葉聞いたことあるでしょ?狼って群れの中で生きているんだけど、生まれながらにして孤独なことを悟っているのよ。狼の遠吠えはそんな最終地点を見据えているように感じられてね。』
「へぇ〜」
『人間も動物も皆、最後は1人なんだよ。自分を救えるのはいつだって自分。地に足がついたとき自分を満たす方法が分かってくるんだよ。』
『リリー本当にありがとう。あの時側にいてくれたのは君だけだったよ、だから今の私がいる。』
「なにもしてないけどな!?」
2人の笑い声がこの街に響いた
あの頃は気づかなかった
自分のために涙を流してくれる人とか、どんな自分であってもそばにいてくれる人がいたことが
どれだけ幸せなことか
自分で自分にナイフを向けていると周りの人にもナイフを向けてしまう。
そして周りにもナイフを向けられる。
それでもリリーだけはナイフを向けている私を信じてくれた。
暗闇の中を照らすネオンはこの街に住む人々の感情を露わにしている。
笑っている人、泣いている人、何かに怯えている人、何かを待ち侘びている人、顔を少し赤くしながら帰るサラリーマンたちに、幸せそうに見えるカップル
それぞれの世界線が交差されている。
すれ違いの一瞬では様々な歴史やバックグラウンドは分からない。
ふと夜空を見上げてみた
そこに浮かび上がる満月は今は美しく輝いている。
そう、月は全てのものに光を与えていたのだった。
『リリー月が綺麗だよ』