見出し画像

TRNラジオは、実は凄く先進的だったりして。

N県N市(作中表現による。実在地名とは無関係)のTRNラジオだが、本社およびテレビセンター(仮称)とは離れた山の上にあり、そこにはマスターも中継班の技術拠点もある…では、深夜、このラジオ局はどう管理されているのか。

ネタバレしないように注意深く考察しなければならないが、村山仁志さんの書いた『午前0時のラジオ局』の三冊(2019現在)を読む限り、深夜は、生放送を担当する蓮池D、鴨川アナ、佳澄ちゃん、そして、警備員のおじさんがいるだけである。

あれ? 技術部員は?生放送があるのに。どんなに小さくても生放送をする放送局には技術部員が最低一人は常駐しているはずだ。

しかし、TRNラジオの深夜は技術部員がいなさそうだ。いたらいたで大変なのだが^_^

考えるに、山の上のラジオセンター(仮称)は、制作拠点ではあるが、技術的には本社のサテライトスタジオのような位置付けになっていて、完パケ番組の送出と送信所のコントロールは本社に置かれているのだ。きっと。

※実際、1990年代、TOKYO FMは平日午後〜夕方をすべて渋谷スペイン坂スタジオから送出していた。

ではなぜ、わざわざこんな山の上にサテライトを置くのか。それはきっと、昼間、ここが市内全体を見渡せる場所だからではないか。きっとこの街はかつて、市内全体を巻き込むような大災害に見舞われたことがあり、全体を傍観できる放送拠点が必要だと考えたのではないか。きっとオーナーがラジオの独立性にこだわったのも、そんな想いからではないか。実際、戦争や災害の体験は放送事業を始める者に大きな影響を与えるのだ。

もしかしたら、テレビセンターのほうにも、通りに面して、小さなブースだけのオープンサテライトくらいあるかもしれない。

考えるに、昼間〜夕方の生番組が終わる19時くらいまでは、山の上のマスターにも技術部員がいるのかもしれないが(ラジオカー中継などのこともある)、それ以降は山の上のマスターは無人になり、本社マスターからのリモート管理になるのだろう。

深夜は、蓮池Dが山の上のサブマスターから本社のマスターに繋ぎ(STL回線かしら)、山の上を完全にサテライトスタジオとして運用しているわけだ。そうなると、スタジオの送出系の電源と、照明やパソコンなどの一般商用電源が別系統になるから、空からアレが降ってくるような事態になっても、灯りが落ちるだけでマスターは大丈夫なのだ(ネタバレ地雷ギリギリ)。

TRNラジオはきっと、山の上のサブマスターはマスター並みの設備で、いざとなれば、山の上からも送信所に直接送れるだろう。それはつまり、街で何かあっても、放送がストップしないことを意味する。もしかしたら、山の上の局舎には、緊急用の臨時送信所もあるんだろうなあ。

戦前に建てられた洋館にわざわざラジオセンター(仮称)を置くにあたっては、このくらいの理由や必然があると妄想するが、もしこれがホントなら、すごく進んだラジオ局だよなあ!

きっと、午前3時には鴨川アナの先輩の終了アナウンスで、いったん放送を休止する。そして、午前4時52分に(半世紀以上ずっと)この音楽で試験放送を行い、開始アナウンス(あおいアナ)のあと、5時から一日の番組が始まるのだ。


惚れ直した!TRNラジオ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?