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無敵の人

ニュースに東日本大震災の記事が増えてきて「ああ。もう3月11日がくるのか」と気づくのだけど、ここ最近は特に多いなと思っていたら震災から10年なのだ。

10年前の3月9日に大きな揺れがあった。研究発表をしている最中だったのでよく覚えている。緊張から最初は揺れに気づかなかったが、発表が終わった後「かなり大きかったよ」と言われて、そんなに揺れたのだと思った記憶がある。

ちょうどその頃、仕事で地震関係の資料を集めていたので、毎日のように地震の記事を読んでいた。

多分、発表の準備に追われてる中で読んだ記事だ。

確か東北は2010年の2月にも津波の被害を受けている。遥か遠くチリ地震を原因とする津波で、牡蠣の養殖などが打撃を受けたという内容だった。

フランスだったか広島から、昔助けてくれたお礼に、稚貝の援助を受けたというような話とか、三陸は津波の恐怖を忘れかけているので気を引き締めないといけないというようなことが書いてあったように思う。

地震についての情報を集めていると、日本は頻繁に揺れているということがわかる。些細な揺れまで情報を集めると膨大になるので、震度3以上にしぼったりしないといけない。震源もずっと見てると地震が起こるたびに、だいたいどれくらいの距離でどれくらいの大きさかなというのがなんとなくわかる。

最近はあの辺の震源が多いし、最初の揺れから、次の揺れまでの間隔が長いので、結構遠い。でも、遠い割には揺れが大きいので、震源地は相当揺れただろうとか、わかるようになる。

3月11日の揺れは、結構遠いところで起きたなと思って、これはでかいなぁと思ってるうちに、どんどん揺れが大きくなって、震源地はやばいぞと思った。

テレビをつけて被害の大きさと、電車も止まって帰れないのを知り、会社に泊まる準備をしようと思った。

災害の情報を集めていても、実際に想定外のことが起きると何もできることがない。

そもそも防災というのは災害が起こる前にやることがほとんどで、災害が起こってからやれることなどほとんどない。

ワンセグで被災地の状況を見ながら、映画みたいだなぁと、現実感なく眺めていた。

そういえば阪神大震災のときもテレビを眺めていた。ちょうど大学受験に失敗して、予備校に行く金もなく日がなテレビを見ていた。そのあとサリン事件も起き連日ワイドショーを眺めて過ごした。

東京も関西も大都市は怖いなぁとテレビの向こうの話だった。

受験も失敗して何者でもない自分だったけど、それでも大都市に出て何者かになりたいという気持ちの方が強かった。

2001年9月11日。

今度は就職活動に失敗。はれて無職となった。また日がなテレビを見ていると、ニュース速報が入った。ビルに飛行機が突っ込むという事故が起こったと、どうももう1機、飛行機が通信できないなど情報が飛び交っていた。

夜の10時くらいから、朝までずっとテレビを見ていた。

これで世界が変わるかもしれないと思った。

大学受験も就職も失敗して、物心ついてからずっと不況だ。自分の人生が何か天変地異でも起きないとひっくり返らないという無力感が、戦争が起ころうが災害が起ころうがリセットされることを望んでいたのだと思う。

日本でも外国人がテロを計画しているなどという噂が流れて、駅のゴミ箱がなくなっていった。

何日にテロが起こる可能性があるみたいだから気をつけてというチェーンメールも来たりした。

就職して遅くまで一生懸命に働いていて、電車にも乗る人にはそういう不安もあっただろう。

無職の僕はそんなデマをみんな信じているのもおかしかったし、自分は電車も乗らないので、どうでもよかった。

全部バカばかしいし、いっそのこと何もかもめちゃくちゃになってしまえという気持ちもあった。

もう失って怖いものもない。

バブルがはじけてからの失われた30年は、無敵の人を生んでしまった。

もう失うものがない人は無敵だ。ありとあらゆる規範を外れて、自分の命も惜しくはないし、世界すら惜しくはないのだ。

行動に移すか移さないかは別にして、そういう人たちの閉塞感の高まりの発露が、数々の事件なのではないだろうか。

もう、こんなことはないだろうという事件や災害が、何回も起こっていたのに、コロナもまた、映画みたいだなぁと、いまだに現実感がわかない。

コロナが起きて、残業もしないでいいし、飛び込み営業にいかなくてもいい、通勤もしなくていいと、嬉しく思った人もいるだろう。そういう声も結構聞いた。

やっぱり世界がリセットされるんじゃないかと、期待する人たちはいる。無敵の人予備軍はまだたくさんいるのだ。

もし、この世界に失うものをもってさえいれば、無敵の人にはなれない。それが何かはわからない。

少なくとも僕は、就職超氷河期の無職の自分が、同時多発テロを眺めていたときのような気持ちにはなれない。

僕にとっての世界が少しだけあたたかいものだからだ。

ほんの少しの繋がりで無敵の人もただのひとになる。




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