小説の冒頭の一文を磨きたくありませんか?

特に公募の小説では冒頭が重要だとよく言われています。それで、最近 上村は好きな小説や、文学賞に選ばれた小説の冒頭の一文を収集するということをはじめました。文豪の作品はサイト上にたくさん載っているし、青空文庫でも読めるのです。けど、最近の作家の作品は一冊一冊調べないといけません。
冒頭がネタ晴らしにならない程度の予告になっていたり、疑問形になっているなど、タイトルの付け方に近いものを感じます。

例えば、

これは私のお話ではなく、彼女のお話である。
役者に満ちたこの世界において、誰もが主役を張ろうと小狡く立ち回るが、まったく意図せざるうちに彼女はその夜の主役であった。そのことに当の本人は気づかなかった。今もまだ気づいていまい。
「夜は短し歩けよ乙女」(森見登美彦)
周囲からは魅力的に見える人を観察者である自分が語っていくということがわかります。夜というのが、読み手が惹かれる要素だと思います。

何かしらの点で、彼らは根本的に間違っている。 なぜなら、私が間違っているはずがないからだ。
「太陽の塔」(森見登美彦)
主人公の唯我独尊ぶりがわかる冒頭ですね。

バルサが鳥影橋を渡っていたとき、皇族の行列が、ちょうど一本上流の、山影橋にさしかかっていたことが、バルサの運命を変えた。
「精霊の守り人」(上橋菜穂子) 
この後、牛車の牛が暴れて、川に飲まれた皇子をバルサが助けようとします。続きを読みたくなりますね。

「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」
「成瀬は天下を取りに行く」(宮島未奈)
再読したくなります。初めて読んだ時のことは、憶えていません。表紙と、名字の呼び捨てという冒頭で、変わった女の子の話かなと思います。セリフ系は昔からある冒頭の型だそうです。

短い午睡から覚めると、目の前に<顔のない男>がいた。
「騎士団長殺し」(村上春樹)
怖いですね。

これから僕が語るのは、彼女のことだ。
「一人称単数」(村上春樹)
森見さんの「夜は短し歩けよ乙女」に似ています。男性作家は、女性を語りたがるものなのでしょうか。この冒頭には、上村は惹かれません。一文だけではなく、冒頭全体で引き込んでいくということなのかもしれません。


僕は大学二年生の11月から三年生の6月まで、死ぬことだけを考えていた。
「多崎つくる」(村上春樹)
これは純文学という感じがします。何だろう、読みたいと思います。

「人が死ぬのって、素敵よね」
彼女は僕のすぐ耳もとでしゃべっていたので、その言葉はあたたかい湿った息と一緒に僕の体内にそっともぐりこんできた。
「どうして?」
と僕は訊いた。 娘はまるで封をするように僕の唇の上に指を一本置いた。「質問はしないで」
と彼女は言った。
「それから目も開けないでね。わかった?」
彼女の声と同じぐらい小さくうなずいた。
「ねじまき鳥クロニクル」(村上春樹) 
冒頭ではないかもしれません。この一文はすごい。常識を崩してきます。
ここでも男性を振り回す女性なのかなと思わせていますね。死ぬことと女性が多いと、冒頭でわかります。実際、村上さんの作品はそういうストーリーが多いですね。


「どうして承知してしまったんだろう?」
「セーヌ川の書店主」(ニーナゲオルゲ)
疑問形はタイトルにも適するとは聞きます。
この後、同じマンションに引っ越してきたカトリーヌという女性に、必要なものをあげてくれと言われるんです。

ここを訪れたのは少年が命を落とし 若い娘が連れ去られた場所に花を供えるためだった。
「エンプティ・チェア」(ジェフリーディーバー)
既に事件があったことがわかります。面白そうです。


分析するのも楽しいですね。

これから公募の冒頭も収集していくので、こう書けばいいというものをつかめるかもしれません。

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