自分が属する幸せゾーン
「戦争がおきている国があるんだからそれに比べたら、君は幸せでしょう。
これから、もっと幸せになりたいなんて贅沢言いすぎたらだめだよ。バチが当たるよ」
もっとやりたいことを仕事にしたい。転職をしたい、という相談を私がしたときに、ある大人から言われた言葉だ。
たしかにそうかもしれない。世の中には私が想像している以上に、苦しんで生きている人がいるんだろう。明日生きていられたらそれだけで奇跡みたいな。
今の私は食べ物に困ってないし、手に職もある。
でも私はどこまで背負って生きていけばいいのだろう、と思った。私はわがままだから、今の自分より幸せな将来でありたいし、実現するために動こうとしてしまう。
かといって私は、「苦労している他人なんて知らない」なんて割り切れるようなさっぱりしている人間ではない。だから大人の言葉が尚更つらくなるときがある。
「戦争がおきている国があるんだからそれに比べたら、君は幸せでしょう」
それを私に言った人は、立派なブランドのスーツやカバンを持っていた。なにがなんだかわからない。贅沢って何が基準になるんだろう。
欲望は情報量に比例するという話を大学時代の講義で聞いたことがある。
幸福度が高い国といわれるブータン。インターネットが導入されてから幸福度が下がったという。今までは目に入らなかった、外国のテクノロジーや便利な道具を知ってしまった。「手に入れたい」という欲が出てしまった。
「国民総幸福度」物質的な豊かさのみではなく、精神的にどれほど充足しているかを示すこの指標。
情報やものが増えてくると精神的な幸福度は下がっていくらしい。そうしたら、これからの社会は歴史が進んで進化を繰り返す過程でどんどん不幸じゃないか。かといって、進化するなっていうわけにもいかない。
新しいものを知りたい作りたいという努力で世の中は進んできたはずだし。
一回味わった生活の質を下げることはなかなか難しいんじゃないかなあ、と思う。
いろんな暮らしをしている人がいることを踏まえて、今の自分の環境に安全さに小さく感謝をしながら、幸せになろうとしたっていいじゃないか。
世の中を知ることが大切なんじゃないのかなあ、と思う。
「君は飲食店が好きって、外食にすごくお金使ってるみたいだけど、それも贅沢だよね」
そう言う大人もいた。
その人がタバコや晩酌の焼酎に使っているお金を、私はコーヒーや飲食店に乗り換えているだけなのになあ、と思う。
なんだか、いろんな大人がいてもやもやしていたときには吉本ばななさんの本が読みたくなる。
自分が自分の好きなものを着て、自然にふるまえる、そういう場所で使う金額の基準こそが、自分の人生で必要なお金の基準なのだ。ホテルの設備、航空会社の快適さ、家のどこにお金をかけるかなどなど、全てに当てはまる。つまりそれ以上は稼ぐ必要が全くないということでもある。どんどん稼げばいいという勘違いも、ここで解消される。
まずは自分だ。自分が、どういうことを好み、どのゾーンに属しているか。
これさえ決まれば、なんと人生のパートナーも自然に決まってくるし、どれくらい働けばいいかもわかってくる。
『装いの喜び』 吉本ばなな イヤシノウタ
そうだよなあ、と消化しやすい言葉だった。
文章を書く人たちは欲しい言葉を必要なタイミングでくれる。いつも助かるなあ、としみじみ思う。
自分の幸せゾーンをみつけていきたい。
文章力向上のための勉強道具に使わせていただきます。よろしくお願いいたします。