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賭博者
側方灯、前照灯、車幅灯……
種々の灯りが照り出し、
潔癖症の厳寒がかぜの羽箒を踊らせている
アタマに生えたちいさな側翼から
空いちめんに糖化終末産物の鰯雲がみえる
樹脂と硝子の三層の膜が、
賭博者と生活者を遠く隔てる
ひび割れた高速道、老朽化した隧道
頭のネジが緩んだ荷主の怒号
消費の脳髄さまが過剰にグルコースを要求する
けっして飛ばない二つの羽に映る
高濃度の果糖に浸りきった無限遠の街々
町が黒に沈みこんでゆく
アクセルを踏み、おれも闇へと加速する
60㎞を超え、心がゆっくり死んでゆく
430の波枕
PAか路傍か
賭博者に居場所などない
労働基準法か、道路交通法か
カーナビの無い旅路
すべて自己責任だという
「おれがなにをした、おれがなにをした」
眠ることの許されない待機
質量をおびた孤独の積載
フォークリフトから荷台へ
重さが手のひらにのしかかってくる
梱包をしながら、凍えた厚い皮の裏で
夜をも引き裂かんばかりの
耐え難い悲しみがくも膜下に流れ出す
それが外に洩れないように必死に自分をラップ巻きする
顔も知らない同業者たちとの即席の連帯
労働運動にはならない、助け船の寄り合い
出発は遅延し、片道数百キロの輸送をし、
神経に亀裂が走り、それでも眠れない深夜便
「うまくやってよ」
賽の河原か、鬼が蹴とばす石積
荷下ろしとともに心猿が叫ぶ
バラバラのパレットのように
肉体の方々で悲鳴が上がる
空の荷台をひきずって、身は空蝉の
ナトリウム灯の照らす闇の奥処へ
60㎞を超え、すべてが死んでゆく
"Some days, someday, someday
I wanna lay down, like God did, on Sunday"
オーディオがそうつぶやく
おれもだ兄弟、蛆で設えた寝床で休みたいよ
”Someday, some days, I remembered this on a Sunday
Back way (yeah), way-way (yeah), burning (yeah), mm-mm”
おれもいつの日か
星辰の冠をかぶるのだろうか
ハイになってる、わかるよ
夜の闇はフェンタニルなんだ
自然が日ごとに授与してくれるんだ
薬事法なんか紙屑さ
処方箋もそうさ
おれはいま、血管が熱いんだ
血が、神経が突沸しそうだ
心臓の拍動はそんなとき
一個の沸騰石として
おれを正気にもどしてくれる
世界は何も変わっちゃいない
血液も沸騰したりなんかしない
おれはおれだ、せかいはせかいだ
”Someday, we gon' set it off
Someday, we gon' get this off
Baby, don't you bet it all”
そうだ、おれは一瞬一瞬命を賭している
この果糖のみちた空で
おれの体が黒焦げにならないよう
懸命に生きている
助手席にギターを置くってのはそういうことだろう
賭博者が帰る
失意を悟られぬよう
ステアリングを制御しながら
焼けあがる街を横目に
心に万馬券を握りしめ
アクセルを踏み
まだほの暗い曙へ加速する
あの輝かしい安息日を、思いながら