POLYPHARMACY
薬を便器に流してやった
早番の鈍重な頭で、叱責を恐れて
雨に牡丹が溶けてゆく朝だったよ
橡色の玉暖簾をかき分け
低気圧の誮しい弦楽団の奏でる
『弦楽四重奏のための緩徐楽章』の幻聴が
耳にじっと湿気みたいに付き纏っていた
それと、地殻が揺籃をゆらし
棄民たちを慌てふためかせていたっけ
正直言ってさ、老い先短いの命なんてのは
おれの面子と比べたら屁でもないんだよ
だから誤薬の証拠を揉み消すため、流してやったんだ
あんなにも脆い分包紙を裂いて、……黒洞洞の、
すべての汚濁を無かったことにする、あの便器へと…………
多剤併用の大顎のまんなかにおれたちは生活を立てている
製薬会社と社会保険の上顎と下顎
何の話って、もちろん社会の裏切者のはなしだよ
牡丹の朽ち溶け、躑躅が頽れゆく初夏の雨の日の午前
あの介護保険の寄生虫は
誤薬と服薬忘れの証拠隠滅のため、薬を便器に流したんだ
誰にも気づかれないうちに、暗々裏に、レバーを引いて
過失を文字通り水に流したんだんだ
渦をまき薬剤をのむ便器をみながら
この残飯みたいな人生もいっしょに投げ棄てたくなった
おれは捨てられた者だ
保身のためなら、なんだって差し出す
薬をながすたんびにさ
人間らしさも流出させてゆくことを知らないんだな
それでもさ、自由のあぶく銭が欲しいんだ、
ずっとポッケで握っていられるような
いざというとき、それを支払って責務から逃げきれるような……
銀貨三十枚さ、それでおれは血の地所を買うんだ
おれの傲慢と自由の星状領域のためだ
人倫を崩して溶血帯を造る
そうやって世過ぎするんだ
悪いよな、でもさ、
自分以外に可愛いものなんて、なんかこの世にあんの?
午後には、雨は練習曲を弾く
背骨は噴水のように軟弱で、
瞳には懶眠のボウフラが犇めく
おれたちは齧りつくように茫然とTVをながめ
国会の政治屋どもはあわれな肉袋に変貌し、
コロンビアと官僚制の傀儡であることに喜々として、
肥満に病んだ異形の体を国会中継に曝け出すのを、啞然とみまもっていた
あの、月焼けした醜悪な肌、
月光に爛壊し、刻一刻と変態する、狂気の身体
……月はそう、肌を焼く、それも裏側をだ
彼らの拝跪する女神、裁判所に飾られた目隠しの女は、
首の一枚革で造られ、逐次変形する、
新たな飢餓と恐怖の女神の神像のようだ
いまやバクテリアの温床と化した列島各所の傷口を
消滅可能性のレンサ球菌が食い荒らし、アニュラス状の超空洞を産み落とす
勘違いするなよ、おれたちが呼び寄せたんだよ、あの化け物どもを
おれたちの軽率さ、おれたちの短絡さ、
おれたちの無知と底なしの愚かさが、
忌々しいあの異形どもを最高法規に召したんだ
おれたちは文明の毛衣を着た首狩族だ、
邪神に屈する血染めの唇なんだ、
彼らが悪魔なら、おれたちが契約者なんだ
六価クロムの廃液をおっ被ったような疲労に
おれは自分のしでかしたことをもう忘れている
雲の切れ間に、笑っているぞ、月が
人間性を削り落とした男が
糖分を求めて持ち金を浪費している惨めなさまを
だからおれはいつまで経っても這いあがれないんだ
それでなんだ、文化人きどりか
自分にはとことん甘く
他人にとことん冷酷
そんなやつが福祉を担っている
倫理はない、ただ身過ぎがある
理想はない、ただ物憂げな現実だけが
灰色の寝室でおれに足を向け横たわっている
生まれ変わったら便器になりたい
バスに揺られ、はなはだ愉快そうに嗤う髑髏の月を見ながら
そんなことを本気で思う
おれは残薬の束と、PTPの残骸でできた、姥捨て山を管理する
永遠に公的に雇われることのない嘱託職員だ
こんなことを思っていると
バスの窓に虐待される老いた自分が、
ネブカドネザルのように地を這う狂人が映る
おれは身震いすることしかできない
八洲がどんどん怪異に変形してゆくように
やがておれたちも裂帛の悲鳴をあげながら
なにかが、月に焼けきった皮膚の裏から、
咀嚼音を立てて、這い出してくるときが、
きっとおとずれるだろう……
脂肪が溶け、
血飛沫と有害事象が降る
陰惨の日に
おれたちはのべたら
空腹と恐怖に悩まされ
声を上げることすら
もう無理なのだ
次に声を上げるときは、きっと
異形となり果てて、意味のない哄笑に
明け暮れるときだろう
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