『先生白書』冨樫儲による辛口感想
※ネタバレ含みます。
※タイトルの通り酷評しています。
0.はじめに(飛ばしてOK)
私は『HUNTER×HUNTER』は初期から読んでいたものの、連載第1回から読んでいたという程のド真ん中世代では無い。『てんで性悪キューピッド』『幽☆遊☆白書』『レベルE』は完全に後追いである。
その為、『幽☆遊☆白書』の終わり方や『レベルE』が月1連載だった理由等は、噂程度でしか知る事が出来なかった。アシスタントと仲が悪かったとか、編集部と揉めていたとか、漫画よりゲームが好きだからとか、冨樫先生ファンなら誰でも耳にした事のある噂だ。
本書は、発売当初からバナー広告等で知っていた。売名行為っぽい売り方や、デフォルメされた緩い絵柄に惹かれず、読む気は起きなかった。また、どんなに好きな作品でも、原作者の人柄に関しては良くも悪くも頓着しない自分向けでは無いと判断していた。
先日、久しぶりに『幽☆遊☆白書』を読み返した。何度も読み返していて、展開もキャラクターも知っているのに、それでもワクワクして夢中になる。
子供の頃は、「霊丸撃ちたい!」「邪王炎殺黒龍波かっこいい!」とバトルシーンに惹かれたものだったが、大人になると、戸愚呂弟と幻海のやり取りや、竹中先生の「しかしなぜかな…ちっともほめる気がしないのは…」といった台詞の数々が心に沁みる。漫画史に大きな足跡を残した素晴らしい名作である。
読後、『幽☆遊☆白書』について気の赴くまま情報収集していく中で、この本に関するインタビュー記事をいくつか読んだ。
また、冨樫先生がツイッターをやっているのは大ニュースになっていたので知っていたが、今回初めてきちんと全ツイートに目を通した。腰痛が相当酷い状態であるのは本当らしい。「右手に力が入らず苦労しています。」というツイートも。
原作者の人柄に興味が無いとは言え、健康状態はさすがに心配になる。三浦建太郎先生の件もあり、最近はとにかく「漫画家の皆さん、特に週刊連載されている皆さん、どうかお身体を第一にして下さい」と願うばかりである。
蛇足だが、リプライ欄を見ると海外のファンばかりで驚いた。たまに日本語があっても、Google翻訳を使ったであろう辿々しい文章ばかり。改めて、世界中から愛されているんだなあと感じた。一方で、飛影のボツ絵(めちゃくちゃ格好良い)に「oh KILLUA!」みたいなリプライがたくさん付いていて、『HUNTER×HUNTER』だけの一発屋ちゃうねんど!とも思った。
これだけ日本の漫画・アニメ市場が拡大していても、本屋ならどこでも日本の漫画が手に入る訳では無いだろうし、連載中では無い四半世紀近く前の漫画の情報を手にするのは、ライトな層には難しいのだろう。中には、母語に訳されていない地域もあるだろう。
アメコミやバンドデシネ等、海外にも優れた漫画作品は沢山あるが、オタクである身としては、日本人で良かった、とつくづく感謝するばかりである。
1.冨樫先生のファンなら全員知っている話ばかり
そんなこんなで、自分にしては珍しく漫画の作者に、つまり冨樫先生に関心が向いたのである。何か新しい事を知れるかな、と期待しつつKindleで購入。
結果として、知らなかった情報は
・仕事場の立地や間取り
・『レベルE』連載時もアシスタントを雇っていた
・『幽☆遊☆白書』の資料に使う為、麻雀卓があった(実際に遊んでも居た)
・バーチャファイターの筐体があった
・冨樫先生はよく缶コーヒーを飲んでいた
・引っ越し後の仕事場で熱帯魚や蛇、ピラニアを飼育していた
くらいだった。…ちょっと酷過ぎないか?
「実はあのストーリーの裏ではこんな事があった」的な制作秘話や、キャラクター造形や能力のアイディア源、パンチのある台詞は如何にして生まれたのか、作画資料としていた書籍、影響を受けた漫画、といった読者の興味をそそる真新しい話は一切出て来ない。
『幽☆遊☆白書』や『レベルE』のタイトルネタなんて、この本を読むくらいのファンだったら常識なんですよ。それをさもマル秘情報みたいに大ゴマで描いている。この作者も、編集者も、冨樫先生の事全然興味無いだろ、と思ってしまう。恐らく本書の9割以上(Amazonレビューだけなら10割)が冨樫先生ファンだと思うので、がっかりどころでは無いだろう。
『幽☆遊☆白書』のタイトルネタで、他のアシスタントとジャンプを読みながら『珍遊記』をこき下ろしているシーンがあるのだが(『珍遊記』ファンでは無いが、ここは少し気分が悪かった)、このように他作品について冨樫先生の話を聞く機会は無かったのだろうか?
『幽☆遊☆白書』に出て来るテリトリーなんかは『ジョジョの奇妙な冒険』のパロディだろうし、連載中に注目していた作品があったら知りたかった。
一点、『幽☆遊☆白書』の単行本に毎回サインとイラストを貰っていたのは羨ましいと思った。中にはネタで剣心を描いてくれた事もあったそうで、冨樫剣心、めっちゃ見てみたいでござる。
2.漫画家やアシスタントになりたい人向けでも無い
私はどちらも志望している訳では無いが、そういった人が「参考になるかも」と思って読んでも肩透かしを食らうだろう。
どのような画材を使っていたか、どのような工程で、それぞれ何時間〜何日要したか、といった話も全く無い。強いて挙げれば、「トーンの削り方」「集中線の引き方の拘り」を指導されたくらいか。作者がアシスタントとして優秀で、飲み込みが早くあまり指導を受けなかったのか、指導やアドバイスを忘れているのか、そこは不明だが、「漫画の話」がびっくりするくらい少ない。
作者は、冨樫先生に何度か自身の原稿等を見て貰っていたようだが、その際にもっと突っ込んだ質問はしなかったのだろうか?
冨樫先生が指導・育成を自らみっちりするタイプとは思えないので、当たり障り無い態度だったのは納得出来る。しかし、作者は漫画家を志していて、超売れっ子漫画家の元で働いていたのに、「どうしてこのコマ割りなんですか?」とか「ここは何故このようなカメラワークにしたんですか?」とか、もっと貪欲にならなかったのが不思議である。6年も一緒に働いていながら、このような漫画しか描けない(しかもこの漫画ですら何度もダメ出しされている)という作者の技術不足の原因が分かる気がする。
冨樫先生に対して尊敬しているのはあとがきで伝わったが、作中だと「どんなにストレスが溜まっていてもアシスタント(自分)達には優しく、金払いも良いところ」くらいしか尊敬出来る点が描かれていないのが勿体無い。
3.どこまでも人畜無害なアシスタント
編集と何度か衝突しているらしき場面が描かれるが、その点について深堀はされていない。
私はこういったスキャンダラスな点にはあまり興味が無いので気にならなかったが、本書を手に取った方、手に取ろうとしている方の中には気になる人も多いと思う。
そのような出来事を見聞きしても、『幽☆遊☆白書』が連載終了する事になっても、深く聞かずに黙々とアシスタント業をこなす人畜無害な作者だからこそ、「一人で漫画を描きたい」と始めた『レベルE』でもアシスタントとして呼ばれたんだろう、と思う。週刊連載のストレス、編集部とのストレスに加え、アシスタントとの関係でストレスを感じるのはあまりに辛いだろう。
その点では、時々絵が荒れていたとは言え、一定以上のクオリティを保って『幽☆遊☆白書』、『レベルE』の連載を続けられたのは、作者のお陰でもあると思うので、心から感謝致します(上から目線みたいですみません)。
4.最後に
売名目的であっても、優れたクリエイター/アーティストの秘話を伝えるという試み自体は、ファンとしては非常に有難いものである。それには、「クリエイター/アーティストの素晴らしさを伝えよう」という"熱量"が必要とされる。本書にはそういった"熱量"が欠けている。
試し刷りの段階で冨樫先生に確認して貰っていたらしいが(冨樫義博先生の元アシスタント、『先生白書』の味野くにお先生が語る、アシスタントとして働くリアルとは)、だったらもっと取材して欲しかった。「思ったより修正は少なかったのでホッとしています。」ってそりゃあそうだろう。これだけ薄い内容なら。というか、このリンク先のインタビューの方がまだ面白い。インタビュアーに知りたい事を質問して貰って、その内容に沿って漫画を描いた方が面白くなったのでは。
『幽☆遊☆白書』連載終了後に頒布された激レア同人誌『ヨシりんでポン!』には、冨樫先生が連載中に、机に向かうと吐き気を催すくらい漫画を描く気力が失せていた、というコメントが残っていたと記憶している(私も10年以上前に友人に借りて読んだきりなので、うろ覚え)。当時は聞けなかったとしても、今だからこそその時の心境を訊ねる事は出来たのでは無いだろうか?
ちなみに、作者はあとがきでインターネット上に無断転載された『ヨシりんでポン!』を読んだと書いてあり、PCを眺めている挿絵に「いいのかな…」と書いてあったが、いい訳無いだろ!と盛大に突っ込んだ。これ、編集者はスルーなの…?ていうか、作者は自分の漫画が無断アップロードされても何とも思わないの…?と疑問だらけである。それこそ、冨樫先生に資料として借りれば良いのに。何もかも残念な作品・作者である。
Amazonのリンクを貼ったが、1000円近くするのにこの内容なので、全くおすすめしない。熱烈な冨樫先生ファンだからと言って、本書を読んでいなくても何も恥じる事は無い。正直、本当に無駄な買い物だった…。