我らが時代の子 (A Child of Our Time)
ユリ・シュルヴィッツ(1935-)さんの絵本が好きです。あめのひ(1969)、よあけ(1974)、たからもの(1978)、ゆき(1998)、ねむいねむいおはなし(2006)、ゆうぐれ(2013)など多数日本でも紹介されています。2008年作のおとうさんのちず(原題How I Learned Geography)は中でも印象的で、その多難な幼少期を初めて題材にした作品でした。そして2020年「チャンス はてしない戦争をのがれて」を上梓、邦訳が2022年小学館から出版されています。ポーランド出身のユダヤ人であった彼がソ連、中央アジア、フランスはパリ、イスラエルと生き延びる様子が詳細に語られます。個人的意見ですが邦題は「ぐうぜん」と訳してカタカナでチャンスってルビをふった方が著者の意図が伝わったんでは。オビには書いてあるけどね。
1938年11月パリのドイツ大使館でヘルシェル・グリュンシュパンというポーランド出身の18歳のユダヤ人青年がナチの外交官を殺害する事件があった。彼の母は強制収用所に捕らえられていたといいます。この事件報道にインスパイアされマイケル・ティペット(1905/1/2 - 1998/1/8)が1939年に着手し1942年に完成させたのがオラトリオ「我らが時代の子(A Child of Our Time)でした。
想像でしかないのが情けないところですが、A Childと言えば当時の聴衆は何を示唆しているかすぐ理解したのでしょうね。A child is born.
三部構成で中間の第二部で「我らが時代の子」の物語がドラマティックに語られます。先駆けての第一部は戦争へと向かう暗い時代に翻弄される個人、少数派について、そして第三部ではこの悲劇の意味を考え救いを求めます。印象深い音楽が随所に、何故か私にはドヴォルザークの「スターバト・マーテル」を思い出させる。第三部終盤のフルートとイングリッシュホルンによる前奏はオリーブの梢をくわえた鳩の様。ティペットが自ら書いたテキストも感銘深い。冬から春へ。人間は天を望遠鏡で計り…
そして何よりも、バッハの受難曲に於いてはコラールが担う役割を、黒人霊歌に委ねているのがone & onlyなアイディアです。各部の最後に一曲ずつ、また第二部途中にもう二曲、計五曲が挿入される事で物語と聖書との共鳴、増幅であったり、聴衆にとってハードな展開の曲調からの一瞬の救いであったり、深い祈りを印象づけたり。
亡きリチャード・ヒコックスの演奏はいつもながらの素晴らしさですが、独唱陣が皆黒人歌手というのも話題になりました。
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