ハインリッヒ・シュッツ(1585/10/18 - 1672/11/6)のイタリアン・マドリガーレ集(1611)
イタリア、ヴェネツィアの巨匠ジョヴァンニ・ガブリエーリの元での四年間の修行の成果として1611年“Il Primo Libro de Madrigale di Henrico Sagittario Allemanno” (名前がドイツ人エンリコ・サジッタリオってイタリア語化しとる)のタイトルで出版されました。庇護者のモーリッツ (ヘッセン=カッセル方伯)に献呈。
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1.(SWV 001) O primavera, gioventù dell’anno
おお春よ、一年の中の青春よ
春への呼びかけに始まりポリフォニックな模倣様式へ、fiori (花々)と言う語に付された付点音符のモチーフは音画技法(Word painting)。続いてLa rimembranza misera e dolente (痛ましくも悲しげな思い出)はホモフォニックに薄い声部から始まり拡大する悲痛な朗誦、misera e dolenteの執拗な繰り返し。
2.(SWV 002) O dolcezze amarissime d’amore
おお恋のいとも苦き甘さよ
対照法、即ちソプラノ二声とバスがamarissime d’amoreを長音価で引き伸ばし、同時にアルトとテノールが繰り返すd’amoreは短音価の活気あるリズムでこちらはdolcezzeの側面を強調する。失恋に伴った苦悩の表出の末Ogni memoria ancora Del dileguato(一つ一つの思い出も消え去っておくれ)の執拗な繰り返し。
対になったこの二曲と次の一曲は超定番のジョヴァンニ・バッティスタ・グアリーニのIl pastro fido(忠実な羊飼い)からの詩に依ります。
3.(SWV 003) Selve beate
至福の森よ
ポリフォニックな模倣様式に終始しますが詩の内容に即した多彩な変化で決して単調には陥らない。冒頭は広い音程で始まり、susurri(ざわめき)の歌詞からは半音階や同音反復でこだまの効果、al nostro lamentar(我らの嘆き)からは和音の厚みが出る長めの音価が増すがgioite (喜べ)から短い音価ではしゃぐ。次の楽節は喜びを長音価で三和音に小休止。ridenti(微笑む)では順次進行の二声部と他の二声部の躍動するゼクエンツ(反復進行)か組み合わされ、大気の響きと木の葉のざわめきを表現しているんですとよ。
4.(SWV 004) Alma afflitta che fai
悩める心は何をなすか
歌詞はジャンバッティスタ・マリーノに変わります。マリニズムと言われた技巧的恋愛詩で著名だそうです。冒頭の長音価での沈痛な問いかけAlma afflitta che fai(悩める心は何をなすか)へ、反問して喋りちらすChi ti darà più vita(誰が汝にもっと生を与えるか)との鋭い対比。
5.(SWV 005) Così morir debb'io
かく私は死なねばならぬのか
歌詞は再びバッティスタ・グアリーニ。全体としては対位法的な書法の中で、che non m’aita(私を救うことのできない)の部分は長音価の和音にテノールだけがシラブルに歌って強調される。
6.(SWV 006 ) D'orrida selce alpina
アルプスの険しい岩から
Alessandro AligieriのGhirlanda dell’Auroraの詩で半音階書法が目立ちます。つれない女性への恨み節。
7.(SWV 007) Ride la primavera
春は微笑み
ジャンバッティスタ・マリーノの詩に戻ります。やっと長調。二種のメリスマ、ひとつは生き生きと跳躍するRide la primavera、それと順次進行のtorna la bella Clori(美しいクローリスが戻ってきた)が繰り返される。続いてfiori(花々)、さらにpiù bella(より美しい)が煌びやかな全声部に広がるメリスマ。そして対照的に長音価でたっぷり歌うma tu Clori(しかしクローリスよ)。リズミックなodi la rondinella, mira l’herbette(お聞き、子つばめのさえずりを、ごらん若草を)。全休止の後に嘆きのDeh(おお)、s’hai pur cinto il cor di ghiaccio eterno Perché, ninfa crudel quanto gentile(心を永遠の氷に閉ざすなら優しいだけにまたそれだけにおそろしいニンフよ)でがらりと雰囲気を変える。
8.(SWV 008) Fuggi, fuggi, o mio core
お逃げ、お逃げ、おお我が心
同じくマリーノの詩、fuggi(お逃げ)の模倣動機が四声部で順次進行、次いで反進行と畳み込んで動き(逃げ?)回る。対照的な呼びかけO mio core(おお我が心)。
9.(SWV 009) Feritevi, ferite
傷つき疲れて
これもマリーノ、冒頭は同一和音の反復で、その後viperette(小さな蛇)、mordaci(噛みつく)の間に休符で分けられて強調されながら三声部で模倣。
10.(SWV 010) Flamma ch'allacia
私を縛り付ける炎
歌詞はAlessandro GattiのPer un vezzo di capelliより、fiamma(炎)とlaccio(罠)の単語に音画技法が。
11.(SWV 011) Quella damma son io Crudelissimo Silvio 私はあの雌鹿だ、いとも残酷なシルヴィオよ
グアリーニの詩、五声部が上声と下声の二群に分かれての対話。crudelissimoの語に付けられた半音階の不協和音。
12.(SWV 012) Mi saluta costei
彼女は私に挨拶した
マリーノの詩、ベルカントの優雅さ。
13.(SWV 013) Io moro, eccho ch'io moro
私は死ぬ、まさに今私は死ぬ
マリーノの詩、冒頭lo moro(私は死ぬ)の半音階模倣動機。Levar tropp’alto i miei pensieri osai(極端に高望みを強いた)での低音から高音へ順次移行する模倣の積み重ね。
14.(SWV 014) Sospir che del bel petto di madonna 溜め息それはマドンナの美しい胸から洩れ
マリーノの詩、sospirは溜め息そのものの音型で第15、16曲でも使用されている。
15.(SWV 015) Dunque addio care selve
いざさらば愛しき森よ
グアリーニの詩、大胆な半音階に加え言葉が休符で分断される等の手法がジェズアルドを彷彿とさせる。sospirのメリスマ。
16.(SWV 016) Tornate, o cari baci
戻って来ておくれ、おお甘き口づけよ
以下三曲はマリーノの詩、悲嘆に満ちた曲調で最後にsospiriの音型が。
17.(SWV 017) Di marmo siete voi
君は大理石のようだ
冒頭との対照、Io costante, e voi dura(私は誠実、お前は高慢)。
18.(SWV 018) Giunto è pur, Lidia
時は來ぬリディアよ
lasso(悲しいかな)での長く引き伸ばされたバス声部。
19.(SWV 019) Vasto mar – dedicatory madrigal to Moritz, Landgrave of Hesse, for 8 voices
広大な海原よ
複合唱様式の堂々たる君主への献呈曲。歌詞は自作とされてます。この曲だけ他とは異質とも言えましょうか。ルネ・ヤーコプスが録音から省略したのは金銭予算的理由が大きいんでしょうが様式の違いも考慮してるのかも。
ハルモニア・ムンディ・フランスの歴代の三盤がそれぞれ魅力的。