『ミニマリスト』という選択は幸せか。

みなさんこんにちは。うつ病ミニマリストのだるまさんです。

今回もたくさんある記事の中からこの記事を見つけてくださって感謝感謝です。

前回は、僕がミニマリストになったわけについて書きました。

ミニマリストになった方々は、バックボーンにいろいろ考えてミニマリストという選択をしている方が多い印象です。それはネガティブなことに限ったことではなく、もちろんポジティブなこともあるでしょうし様々ですね。

僕も例外ではなく、皆さんと同じように考えてミニマリストという選択をしました。その理由について書き綴っておりますので、こちらもぜひ読んでくださると嬉しいです。

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【うつ病ミニマリスト】僕がミニマリストになったわけ。


さて、今回はミニマリストは幸せか?というテーマで書き綴っていきたいと思います。

いつも読んでくださりありがとうございます。今回も最後まで読んでくださると幸いです。

ミニマリストのイメージ。

皆さんは『ミニマリスト』と聞くとどんなイメージを持つでしょうか。

モノがない部屋?節約家?貧乏?修行僧?牢獄?宗教?

最近ではずいぶんとミニマリストないしミニマリズムが知られるようになって、またミニマリストを名乗る人も増えましたよね。

僕もミニマリストを名乗って発信をしている一人です。ミニマリスト歴でいうとまだ1年未満でこれからという感じですが、ミニマリスト初心者から思うことを書いていこうと思います。

ミニマリストはマイノリティ。

ここ最近ミニマリストが増えたとはいっても、まだまだ世間から見たらミニマリストはマイノリティ(少数派)だと思います。

だから、周りの人から見たら『ちょっと変わった人』に見えるのかもしれませんね。実際僕もミニマリストになる前は少しそんなふうに見ていました。

僕もいわゆる『普通の人』だったときは、目に見える情報だけを見て、ミニマリストって物がないし節約の極地だなとか、貧乏そうだなとか、我慢してるんだろうなとか、そういうマイナスなイメージを持っていました。

そういったマイナスなイメージからか、そんなんで人生楽しめなくない?何が楽しくてそんなに自分を追い込んでいるのだろう?と思っていましたね。

でも不思議ですね。これだけネガティブなイメージだったものに自分がなってしまうのですから。

僕がミニマリストになったきっかけについては前回記事にしているので省略しますが、いざマイノリティの側に立ってみると新しい景色が広がっていました。

なんと表現したらいいのか、山頂に到達して山の反対側の景色を見たときの感動とでもいいましょうか。

とにかく考え方が180度変わりました。

ミニマリストになって分かったこと。

僕が『普通の人』だったときに思っていた、節約の極地だなとか、貧乏そうだなとか、我慢してるんだろうなとかっていうのは、節約とか我慢がイコール不幸であると潜在的に考えてしまっていたからなんです。

彼ら(もう僕らはでいいですかね笑)はもう違った次元に行っちゃってるんです。

というのは節約とか我慢っていうのが楽しくなっちゃってるんですよね。だから本人たちは苦しいとは1ミリも感じていないはず。

実際僕もそうなんです。ミニマルな暮らしはたしかに物質的な幸せは小さいかもしれない。

でも、その置かれた環境でどう工夫してやっていくかとか、ちょっとした不便から感謝を感じたりだとか、そういったことがすごく楽しいんです。

だから、一時期YouTubeでは『ミニマリストやめます!』動画が増えましたが、僕自身はミニマリストになったことに対して全く後悔していません。むしろこの選択をしてよかったと思っています。

幸せのものさし。

今回この記事で最も伝えたかったことは、『幸せ』というのは主観だということです。

周りからどう見えていようと自分が幸せに感じているならそれは幸せだということ。周りは関係ない。

今回はミニマリストで例えましたが、他のことについても同じことが言えると思っています。

要するに幸せのものさしはいつも自分自身の中にあるということ。

自分が幸せになりたい、この欲求にとことん素直になってもいいんじゃないでしょうか。(※他人を傷つけることだけはいけません。)

今回も最後まで読んでくださりありがとうございました。また次回もお会いしましょう。

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