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【試写】ETV特集「戦艦大和 封印された写真」

8月ジャーナリズムとよく揶揄されるが、先の大戦に関する取材を行い、番組として世に問うていくことはNHKにとって最も重要な仕事と言っても良い。

視聴率も見込めず、コストカットが吹き荒れる中にあって戦争関連の特集を作る方々には頭が下がる思いだ。今年2024年は、戦争経験者ばかりか、ご遺族の方々の高齢化も進む中、パリオリンピックとも重なり、制作の苦労は並々ならぬものがあったはずだ。

近年のNスペ・E特は「銃後の暮らし」などにフォーカスされることも多く、直球の戦争モノは減少傾向にあったが、「戦艦大和」がテーマとあって、この番組を視聴することにした。

番組総評

正確性:★★★☆☆
速報性:★★★☆☆
公平性:★★★☆☆
演出的工夫:★★★☆☆
NHKらしさ:★★★★☆

合計:16/25点
オススメ度:★★★★☆

戦艦大和艦内で撮影された、異質な1枚のスナップ写真を元に乗組員たちの辿った運命を辿るドキュメンタリー番組。

番組では、この写真の分析を通じて、撮影場所が烹炊所(調理場)であることや、写真に写る3人の乗組員が大和と運命をともにしたことなどが明らかにされる。また、写真の持ち主が「門外不出」として、半ば封印状態に置いていた経緯にも迫る。

前提知識が無い視聴者への配慮もあってか、今年発見された大和の退避行動を捉えたカラー映像と、かつて制作されたNスペ「海軍反省会」の資料映像を交えながら、世界最大・最強の戦艦として建造された大和が、なぜ1945年4月に海上特攻を命じられたのかにも迫っていく。

写真について多くのことは判らなかったが、取材の過程でひとりのキーマンが浮かび上がる。艦載機の整備兵でもあったカメラマンの塩谷恭三氏だ。偵察任務とかこつけて、「技量の維持」を名目に大和の艦内だけでなく、転戦する過程で大量の写真を撮り続けては、現像・プリントをして配布していたことが伺える。

「封印された写真」は、塩谷氏が遺したスナップ写真のうちの1枚であり、図らずも日常の場面を写し止めることに成功していた。

後年、「封印された写真」の持ち主は、小学生向けの文書の中で、戦争の悲惨さだけでなく、「トラック諸島の海と空の青さ」への感銘も書き記していた。番組内で明示的に言及されることは無かったが、青春の一コマの甘美な思い出と、現実の大和・大日本帝国が辿った悲惨な運命を対比したとき、ある種の後ろめたさから「門外不出」としたようなニュアンスを匂わせつつ、番組は終幕を迎えた。

私と先の大戦に関する取材

私は、NHK職員時代、ガチの戦争関連番組を作ることは無かった。しかし、それでも個人的な関心もあって、ローカル時代は戦争関連の取材を行い、提案を出したことは何度もあった。

比叡山に大戦末期に作られた特攻機用のカタパルト、潜水特攻兵器伏龍の訓令兵が語る実相、八日市の飛行場と往時の賑わいなど、何かとネタを拾い集めてリポートなどの提案を出していた(採択はされなかった)。

意外にも、戦時中を知る人に話を聞くと、「一番印象に残っているのは、戦闘機に初めて触れたときの感動」などのポジティブなエピソードが多かった。生存者バイアスかもしれないが、想像以上に目を輝かせて話す方に、少し驚いた記憶が残っている。

恐らく、ロケをしてもそんな話が出てきただろうが、NHKのスタンス的にオンエアに至ることは無い。私だってNHK職員としての思い出を聞かれたら、「仕事をサボってみんなで取材と称してケーキバイキングに行ったこと」とかが本音だが、公的な場でそんなことは応えないし、応えたとしてもオンエアしないように依頼するだろう。

今回の「封印された写真」からは、戦争の悲惨さというよりは、多感な時期にエリートとして国の威信を賭けた戦艦を支えたプライドや、甘美な思い出のようなものが感じられた。

この点では、直球の戦争モノを期待していた私からすると、肩透かしを食らったように感じられた番組だった。軍が組織的に隠蔽したようなエピソードが出てくるのかと「期待」していたからだ。

やや強引な「構成」が残念

元NHK職員の性か、私自身も軍部の横暴や、その当時の異様な空気みたいなことにフォーカスがあたるものと期待していたわけだが、番組全体から、ある種のNHK的なバイアスが感じられた。

残された写真をもとに、写された人たちの足跡を辿りつつ、何らかの歴史の新たな側面を明らかにする構成は、王道といえば王道だ。私も、旅番組で同様の演出を何度か試みたことがある。

今回も、その意味では王道だったが、恐らく取材をしても写された方のエピソードは出てこなかったように見えた。家族や親戚が生前の話と、断片的な記憶から類推した、大和沈没時の心理についての話くらいしか「撮れ高」が無かったと見える。

だとしたら、写真の持ち主の方が大和乗組員としてのプライドを胸に、戦中戦後をどう生きてきたのか?その葛藤を描くだけでも価値はあったと私は思う。

しかし、どこか教科書的な太平洋戦争の視点が随所に顔を出し、最後には海上特攻を生き残った方が語る「戦争の無益さ」で番組が締められてしまった。

知られざる名カメラマン・塩谷恭三氏を主役にしても良かった

今回「封印された写真」を見て、私は塩谷恭三(えんや・きょうぞう)氏を初めて知った。「塩谷恭三」でGoogle検索してもヒットしないあたり、ほとんどスポットライトを浴びたことが無かった方に見受けられる。

この方は、大和の艦載偵察機の整備をしていたらしい。当時は極めて高価だったライカのカメラを手に、「技量の維持」を名目にスナップ写真やポートレートを撮りまくっていたようだ。

番組内では、塩谷氏が撮影した写真が何枚か紹介されるが、私から見ても明らかにアマチュアではなく、プロか、プロを志望している方のものだった。写真からは恐らく、35mm以下のワイドレンズと、50mmくらいのレンズを使っていたように見受けられた。

半ば公認のもと、大和でそんなに大量のスナップ写真が撮られていたことは私としては驚きであり、むしろ、塩谷氏に興味を惹かれた。

番組内でも仄めかされていたが、恐らく塩谷氏は「大和で活躍したカメラマン」という肩書きをもってプロカメラマンになろうとしていたように、私には思えた。であるなら、写真が「封印された」ことはきっと不本意だったのではないだろうか?

また、これだけの人だったのなら、自らのカメラマンとしての名を後世に伝えるために、海中でも腐食しないようにカメラとフィルムを厳重に「封印」して遺したのではないか?とも思える。

敢えて述べるが、主人公としては、恐らく塩谷氏の方が魅力的であったはずだ。そのような心の揺らぎは、番組の映像・構成にも表れている。

にも関わらず、「封印された写真」というタイトル、その持ち主の「戦後の険しい表情」、「平和への願い」にフォーカスを当てた構成に最終的に収斂させたとすると、制作者としては残念だ。

今回の取材の発見を次に活かして欲しい

とはいえ、塩谷氏という存在を明らかにした功績は大きい。

もし可能なら、写真からカメラマンの性格に迫ったり、乗組員たちとの関係性を探る方が戦争関連番組としては新しい方向性になるのではないだろうか?

私がチラッと見ただけでも、「封印された写真」を撮るために照明をどうしたのだろうか?とか、引きじりが限られる中、どうステージングしたのか?とか、表情とか含めてどうディレクションしたのか?などもっと掘り下げられるテーマがあったように思う。

今活躍する若手のストリートフォトカメラマンと一緒に写真を見て行っても、若者向け訴求として面白いだろう。

または、思い切って、塩谷氏を主人公とするドラマを軸に描くとか?せっかくの「スクープ」(資料の発掘もまたスクープだ)、典型的な戦争番組の枠に当てはめるだけでなく、NHKには新しい軸で描いて欲しい。

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