ENHYPENを読み解くキーワード 〜③デミアンと防弾少年団
DIMENSION:ANSWERの活動が終了した夜。
「Outro:day2」の美しい映像を眺めながら、ああイプニの第一章が終わったんだなぁ…と思った。
初めて出合う世界に戸惑いと混乱を感じたBORDER期。
様々な葛藤の中でも自分を信じて進むと決めたDIMENSION期。
そうして綴られてきた彼らのファーストシーズンを締めくくったのは、「Blessed-Cursed」という破壊と再生の歌だった。
この曲で彼らは、安全に見えた領域から壁を壊して飛び出し、自らの意志で新しいフェーズに進んだ。
だが、もしかして彼らが世界を破壊することはずっと前から決まっていたんじゃないだろうか?
今回のテーマはこのnoteを始めた時からずっと書こうと思っていたものだが、タイミングを窺っていたら今になった。
彼らはなぜダークコンセプトでなくてはならなかったのだろう。そしてなぜいつもふたつの世界に挟まれているのか。そんなことを考えてみた。
(※本記事の内容は個人的な解釈を含みます)
少年たちの運命を暗示した
「デミアン」
2020年6月26日、「I-LAND」と名付けられたその番組はスタートした。
大好きなバンタンに新しい後輩ができるという。一体どんなかわいいグループが誕生するんだろう? ルンルン気分で再生ボタンを押した私は、開始わずか数秒でこの場面に「ヒッ!」と凍り付いた。
ででで デミアン……!?😱
冒頭で引用されたのはヘルマン・ヘッセの小説「デミアン」の有名な一節だ。よく知られている高橋健二訳の当該箇所を以下に紹介する。
「I-LAND」ではここまでしか使われていないが、この文章には続きがある。
本来、重要なのはこの部分だ。
「デミアン」は一人の少年が真の自己を求めて成長する姿を哲学的に描いた物語だ。
主人公シンクレールは、自分の日常に明るい世界(善)と暗い世界(悪)のふたつが内在することに気づき、暗い世界に惹かれてしまう自分に悩む。そんな彼を導くのが、どこか超越した雰囲気を持つ友人デミアンである。
善なるものに守られたシンクレールに対し、悪の香りが漂うデミアン。シンクレールは彼の影響を受け、恐れと憧れの両方を抱きながら青年になる。
例の文章は、自我に目覚めようとするシンクレールに送られたデミアンからのメッセージだった。
アプラクサスは神であり悪魔でもある。つまり善と悪は等しく存在していて、両者が融合した世界でこそ真の自己に到達できると言っているのだ。
物語の最後でデミアンは"ぼくはきみの中にいる"と言い残して永久に姿を消す。別の見方をすれば、シンクレールとデミアンの統合が完了したということだ。
以降シンクレールは時折、心の深い層に下りて暗い鏡を覗き込む。そこにはデミアンと同じ顔をした自分(自己)が映るのである。
…ざっくりこんな内容なのだが、哲学やオカルトっぽくとらえず「誰もが心の中にもう1人の自分を持っている」とか考えたらいいと思う。
自分でも受け入れがたい"影"の半身。それを認めて受け入れるところから自己実現への旅が始まる、というわけ。
そんなメッセージをエピグラフに刻んだのだ。
こりゃ「I-LAND」の少年たちは自分の深淵を覗くことになりそうだ…というのが最初の予感だった。
WINGSというアルバム
さて、ところで「デミアン」引用には先例がある。
BTSが2016年に出したアルバム「WINGS」だ。
1曲目の「Boy Meets Evil」(少年が悪と出会う) というタイトルが示すように、このアルバムは誘惑(=悪、暗い世界)との葛藤を経て成長する少年たちの姿を描いている。
ベースは彼らが2015年から綴ってきた独自のストーリー「花様年華」。そこに「デミアン」の世界観を重ねることで、7人の心の闇をより恐ろしく、より美しく描き上げたのだ。
ここから生まれた9本の映像作品には「デミアン」の文章やモチーフが散りばめられた。またその内容は、暗い世界にとらわれ、自分との対話(葛藤)を経て、抑圧された自分を解放する(殻を破る、善悪統合)…というシンクレールの成長過程にしっかりとリンクしている。
たとえば、ENGENEがよく知る「LIE」(嘘)も実は「WINGS」の重要なトラックだ。この曲は、シンクレールが自分のついた嘘のせいで苦しむくだりに重ねられた。
例の「鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う」の一節が使われているのはジンの「AWAKE」だ。
壁に架かった黒い鳥の絵は、小説の中でシンクレールが描いた"はいたか"にシンクロする。この物語を象徴するモチーフであり、おそらく抑圧された自分を解き放とうとする意志を表すのだろう。デミアンはこの絵にシンクレールの覚醒を予感し、"アプラクサスに向かって飛べ"と伝えたわけだ。
「AWAKE」のジンもまた、この絵を見て何か意を決した様子に見える。
そしてそれはそのまま、善と悪がひとつになる過程を描くタイトル曲「Blood, Sweat & Tears」(血、汗、涙)へと繋がっていく。
序盤のジンはブリューゲルの絵(前出)の前、善と悪の境界に立っている。誘惑に負けたメンバーは堕落したり、現実から目を背けるなど迷いの中にいるようだ。
終盤で彼の前に白黒一体の像が現れてから起きることがこの物語の最終段階。
「デミアン」のシンクレールは、善と悪の世界を行き来しながら徐々に理想とする自分の姿に近づいていった。そしてラストでは、もはや実体かどうかさえ曖昧になったデミアンとの口づけによってついにふたつの世界を統合させる。
ジンはまさにその流れをなぞっているのだ。
※なお翌年発表された日本語ver.で世界は完全に破壊される。
興味のある人は☞ BTS "WINGS" playlist
あ、大事なことを言いそびれていた。
「デミアン」は、ユング心理学の影響をバリバリに受けた状態で書かれた小説だ。グノーシス主義やアプラクサスの知識も実はユング譲りである。
当時ヘッセはユングの弟子の治療を受けていて、ユング本人とも面識があった。
心の中の悪──影やコンプレックスなどに代表される暗い世界は、"正しい"はずの明るい世界を揺るがして自我にジレンマを生じさせる。だが人の心は、その苦悩と対峙することで成長していくもの。
ユングはそれを自己実現や個性化の過程と呼んでいる。
ひとまず今は、ユングのことはこの程度に。
この後「LOVE YOURSELF」「MAP OF THE SOUL」といった作品で世界にポジティブなエネルギーを発信していったBTS、その心の旅には常にユングが同伴していた。
そんな彼らの最初の合流地点がこのダークな「デミアン」だったのだと思う。
結局、彼らは卵の殻を壊したのか
さて、ここで再び「I-LAND」に戻ってみると、「デミアン」が引用されたことに対してある疑いが頭をもたげる。
もしかして「I-LAND」とは、新しい才能を発掘する場所であると同時に、少年たちに暗い世界を見せる巨大装置だったのではなかろうか。(あくまでも個人の意見ですよ)
そもそもあの無機質で冷たい密閉空間は何なのだ。頼れる大人も手作りの食事もない。「自分自身を愛そう」と世界を励まし、血の通ったファミリー感を大事にするBTSとBIG HIT(当時)のファンとしては「なんじゃこの芝居じみた演出は」と思わざるを得なかった。(個人の感想です)
だがそのおかげで、練習生の心の動きがよりダイレクトに、生々しく伝わってきたのも事実。
心理学の専門家が監修したと聞く「I-LAND」のシステムは、予感した通りギリギリのところまで彼らを追い込んだ。嫉妬、怒り、疑心、慢心、劣等感…カメラのとらえきれないところで、彼らはきっと自分の中にもう一人の自分を見ただろう。
そしてチームを優先するか自分を優先するか、というようなふたつの価値観の間で揺れた挙句、どちらも諦めず第三の道を見出す姿も見せてきた。
暗い世界にとらわれ、自分自身と向き合う。
なるほど、私たちはたしかに「デミアン」の物語を見ていたのかもしれない。
だがここで一つ疑問が残る。
彼らは結局、世界を破壊することができたのだろうか。
最終回の彼らは満身創痍で弱々しく、猛獣から命からがら逃げ延びた草食動物みたいだった。世界をぶっ壊すエネルギーは全部「I-LAND」に吸い取られていた。
思い当たるとすれば、その年の年末にMAMAで見せたステージだ。
よし!割れた割れた!おめでとう!
そんな感じで一応「デミアン」は終わったのだった。
(正直この頃には彼らに感情移入しすぎて「デミアン」などどうでもよくなっていたw)
本当の「世界の終わり」
ところで、ENHYPENの作品には「BTSのオマージュでは?」とか言われるものがちらほらある。最初はあまり気にしていなかったが、そのうち既視感の多くが「WINGS」、とくに「Blood, Sweat & Tears」に集中していることに気づいた。
たとえば「Given-Taken」なら長テーブルでの晩餐風景、テーブルの上に立つ長男、ガラスに入るヒビ…。
「Drunk-Dazed」や「Let Me In」などに見る赤と青の対比。
それは「DIMENSION:DILEMMA」の登場でいよいよ無視できなくなった。SCYLLAの華美な衣装と退廃的なムード、16~17世紀美術のメッセージ性。アルバムのコンセプトそのものから、最後の曲を「Interlude」にしてリパケに答えを持ち越すというやり方までそっくりだったからだ。
これはさすがに意図的な気がする。何か私たちに伝えたいことでもあるのだろうか。
もしかして「デミアン」、終わってなかった?
…という疑問を抱いたのはもう少し後の話だが、結論から言うと、どうやらそのようだった。
気づくまでの間の私の紆余曲折は省略する。次から述べることは、デビュー以降の彼らがどう「デミアン」してきたかを、「DIMENSION:ANSWER」活動終了後、私なりに想像して整理したものだ。参考程度にふわっと聞いてもらいたい。
①ハイフンでふたつの世界を統合し続けた
「I-LAND」終了時点で彼らはまだ暗い世界から抜け出せておらず、内面で起きていることはそのまま楽曲に投影された。(インタビュー記事等に「歌詞には自分たちの感じたことが込められている」「楽曲の制作前には正直な気持ちを話しあう」といった発言が見られる)
制作サイドは、彼らの中に生まれるふたつの価値観の葛藤を、折り合いがつくまでおそらく徹底的に話し合わせた。その結果、例えば「自分は実力で勝利したといえるのか?」という問いは「Given-Taken」という歌になる。これはハイフンによってふたつの世界を統合する行為に他ならない。
こうして彼らは、その時々の葛藤を楽曲という形で消化することによって物事を多角的に見る力、自分をポジティブにとらえる方法を身に付けていった。
なおハイフンは性格の違うもの同士を繋ぎ合わせてひとつにする記号だ。だから「与えられたか勝ち取ったか」と二項対立風に和訳するとニュアンスが変わってしまう。しいて言えば「与えられたし勝ち取った」なのだ。
②「I-LAND」との決着
グループ結成直後「I-LAND」の経験は彼らにとってトラウマに近い記憶になっていたため、それを克服する必要があった。デビュー当時は「I-LANDのことはあまり思い出したくない」「番組は見たくない」等と発言している。
状況に変化が見られたのは2021年の7月だ。V LIVEで突然「I-LAND」練習生との変わらぬ交流を口にしたり、DANCE JAMで番組内のテスト曲をメドレーしたりするようになった。何らかの理由でタブーが解禁されたのかもしれないが、活動の中で徐々に当時を肯定できるようになってきたことが見て取れた。
そしてその後、10月に「Tamed-Dashed」でカムバック。この曲で彼らは、もう選択のジレンマに苦しむのはごめんだと言い、あれこれ悩んで立ち止まらず、心のままに走ると歌っている。
この曲が入った「DIMENSION:DILEMMA」では、コンセプトの中に"解放"というキーワードが感じられた(「生と死とジレンマのENHYPEN」後編参照)。
何からの解放なのかは複数の解釈ができると思うが、そのうちのひとつが、現実世界の彼らが直面した「I-LAND」との決着なのだと思う。
③「正義」を破壊する
DIMENSION期は「デミアン」でいうところの自我覚醒期だ。シンクレールがキリスト教世界の既成道徳に疑問を抱いたように、イプニも自分たちの周囲にある"一見正しく見えるもの"を疑いだす。つまり、自分たちを飼い慣らしていたシステムへの違和感だ。
「I-LAND」では常に、見えない線が世界をふたつに分け、彼らに残酷な選択を迫った。常に回っているカメラの向こうにある無数の目は、見守りなのか監視なのか。自分たちは、自由のないその世界をなぜ「正しい」と信じていたのか。まるで催眠術にかかっていたかのように。
その通りじゃん!!ww
これじゃ卵割っても飛び立てないわな!w
となると、今度こそ本当の…
ですよね!
…ということで、私の推測によれば今度こそ本当に彼らは卵を割った。
ひとつの世界を破壊した彼らは、大人のいうことを素直に聞くだけの良い子たちではなくなった。だが捻くれたただの不良になったわけでもない。自分の中の光と影の両面を受け入れた、人間としてより豊かな存在に成長したということだ。これからは今まで以上に自分を前面に出して、多彩な表情を見せてくれるに違いない。
…ただ、皆さんお気づきだろうか?
それもこれもすべて最初から、HYBEの思惑通りだということに…。笑
新章へ
この記事を書き始めたのは4月だったが、思い入れの強さゆえかなかなか完成させることができず、グズグズしてる間に2カ月以上経ってしまった。
その間に、大好きなバンタンもまた新たなステージへ進むと発表された。
動揺しなかったわけじゃない。だが2年前、「I-LAND」の冒頭で「デミアン」が語られるのを見たとき、こんな日が遠からず来ることを予想したのは事実だ。
バンタンは少年から大人になった。だが今の10代20代にも、痛みを共感し、心を代弁し、一緒に成長してくれるチームが必要だ。そういう部分でのバンタンの後継グループを、パンさんはここで作るつもりなのではないか…そう感じたのだった。
とはいえ第二のBTSができることなど誰も望んではいない。ENHYPENはBTSの軌跡をこうしてうまく利用しながら、ただENHYPENとして完成されていくだけだ。
鎖から放たれたイプニは、また新たな疑問と格闘していくことになるだろう。それは先輩たちも絶えず向き合ってきたこの難題だ。
さあ、これからも楽しく見守っていくよ。
BTSもENHYPENもずっと愛します。
(※2023年11月、一部修正しました)
★長旅にお付き合い下さりありがとうございました
♡して頂けたらイプニみくじが引けます💕
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