遊化、逝け、ユートピア
カーテンの隙間から光が差し込み、鳥の声がきこえてくるまで、夜通し不動産サイトを見続けていた。
なんの鳥が鳴いているのだろう。スズメだろうか、ヒバリだろうか、ヒヨドリだろうか。数えきれないほどきいているはずなのに、どの鳥がどんな姿かたちをしていて、どんな声で鳴いているのか、そんなことすら私は知らない。
数年前、同じことを雑草に対して思った。ほとんど毎日、そこらじゅうで見る緑。子供の頃は一緒に遊んだりもした。それなのに、名前も知らないなんて。そのことが、なんだかべらぼうに不誠実な気がして、それから散歩をする時は、東京書籍の「雑草手帳」をポケットに忍ばせることにした。
またあいつに会いたいなぁと名前も知らない昔の友達を探して、6月のある日に空き地でわさわさ生えているのを見つけた。タケニグサという名前だった。子供の頃、からだに擦り付けて面白がっていたタケニグサの茎から出てくるオレンジ色の汁は、有毒であるということも知った。その他のことは、忘れた。そのことだけが残った。
引っ越したい場所があるわけでもないので、的をしぼることができず、日本中の物件を手当たり次第に検索するはめになる。まあどうせ東京からは出られないのだろうけど。
仕事と賃貸の契約更新がほぼ同時に重なった。少し前までは、経済的な理由と面倒くささから惰性でどちらも更新をするつもりだったのだけれど、やはり気が変わって、どちらも更新をしないことに決めた。
そういうわけで、なんの準備もしなければ、年末には家も仕事も同時に失うことになる。
いつまでこんなことを繰り返すのか、いや、繰り返せるのか。
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