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ファミリー


お葬式へ行かなければならない。
母は忙しそうに準備している。
わたしはというと、雲行きが怪しく庭の洗濯物を取り込みたいと思いながらも、時間が迫っていたのでそのまま出かける。

すぐ上の姉と一緒に歩く。
喪服のせいだろうか、妙な落ち着きというか安心感というか連帯感のようなものを感じている。
さっきの洗濯物のことももう気にならなくなった。


帰ってくると、洗濯物はずぶ濡れに濡れていた。
でも既に雨雲は去り、空は高く晴れ渡っていて、眩しい日差しがジリジリと照りつけている。
「いいんじゃない、もうあのままで」と着替えながら姉が言う。
「タコの手」に干された洗濯物はタオルやシャツ類だ。薄い生地の向こうから太陽がギラギラと光っている。
「あーーほんと、もういっか!」と、わたしも言う。


母に言われ、お隣へ届け物を持っていく。ダンボールに入った荷物。それほど重くはない。
声をかけると奥からしんこネェが出てきた。いつものように高い声で笑うように喋る。
しんこネェはお礼に何か持たせようとしたが、丁寧にお断りした。
遠慮したのではなく、持たせるものを探すのにかなり手間取っていたので、もう待ちきれなかったのだ。


家へ戻ると、皆で出かける準備をしていた。
そうだ。海へ行くんだった。急がないと~。

教会に停めてある車を運転してやって来たのが母だったので、びっくり!してしまう。
わたしは後ろに乗り込んでから、「母ちゃん、車運転できるっち知らんかった!」と興奮気味に言った。
二番目の姉が「え?あんた知らんかったの?母ちゃん、上手いよ!」と言う。
それを聞いて、あぁそうだった、母ちゃんは昔は運転してたんだった・・・と思い出す。
助手席に座ったいちばん上の姉が「母ちゃん、これからも運転したほうが良いね。母ちゃんに運転させんと。」と静かな声で言う。
「母ちゃん凄いよ、凄い!」はしゃいでいると助手席の姉に「少し落ち着きなさい」と窘められ、わたしはシュンとなってしまった。


その後、正直な気持ち、母の運転は怖ろしかった。
時折、ぎゅーんぎゅーんと加速するさまは、まるで波の上を走るモーターボートのようだった。
怖い、、、と思ったが口には出来なかった。だって誰も怖がってないもの。それに何かあってもみんな一緒だ・・・。


海へ付いた。
車を停め、皆それぞれ荷物を分けて持った。
水平線が、ゆるく、まぁるく、拡がっている。いつもここまで来ると、わくわくして心がはやる。
さて、これから先は崖を渡っていかなければならない。崖伝いに進むと砂浜が見えてくるのだ。


足元を確かめながら崖を歩く。
昔に比べるとちょっとした遊歩道のような箇所もあり、さして難しくはない。
わたしは弟と一緒に歩いている。
弟がふざけてわたしを海側へと押すので、「そんなことしたら落ちる」と言っては彼を押し返し、ふたり絡み合いながら進んでいった。
そうこうしているうちに、度が過ぎてしまった。
あっと思って手を伸ばし、弟がしっかりと握ってくれたのだが・・・ふたりともそのまま崖下へ・・・

落ちてしまった、、、 と思ったら、なぜかあちこちに工事用の足場のようなものが架けられていて、わたしたちはそれぞれそこに立っていた。
足場は幅15cm程の板だ。見ると、縦に横に斜めに架けられていて、それらを上手に伝っていくと元の場所まで上がれそうだ。

弟はわたしが大丈夫なことを確かめてから、先に登って行った。
わたしは背中の荷物が風に煽られるので、なかなかうまく進めない。
いつの間にか弟は元の道に戻っていて、わたしを見下ろしながら、指であっちへ行け、こっちだ、と誘導してくれる。

やっとの思いで弟たちにいちばん近いところまで辿り着いたのだが、そこからは自力では上がれそうもない。
弟が紐を投げ、それに摑まれば引き上げるから、と言うのだが、とても怖ろしくてビビってしまう。
足場から両足が浮くことを想像しただけで、気を失ってしまいそうだ。

なんとか紐に手をかけたが、それはビニール紐でつるつると滑ってしまう。
「滑る、これじゃダメ。絶対無理・・・ちゅうか・・・手に汗かいてるせいかな、、、」

弟が新たに紐を投げ下ろしてくれた。
見るとそれは、薄い桃色の着物の腰紐だった。
これなら・・と思いなおし、手をかける。もう残された方法はないから。
わたしは、「ちょっと待って、もうちょっと待って、、、」と言いながらしっかりと紐を握り締める。




09/18/2008

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