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儀式2:風に乗る
「あんたまでそんなことをするって言うのかぃ?もうすぐ帰国するってときにどうして・・・。」
ママさんが悲しそうな顔で言った。わたしにもその理由はわからなかった。
マリアのように彼を信じているから、というのでもなかった。
それよりも、自分が心から恋人を愛しているのかもわからなかった。
「大丈夫。何もかもうまくゆくよ。」と言われ、きちんとした返事もしないままに話が進んでいた。
かと言って、特別、嫌だとも思わなかった。
どちらかと言うと、やってもいい、という気持ちに傾いていた。それは自分でも不思議だった。
わたしはマリアの隣で、女たちに囲まれ、その準備をしていた。
顔には赤や黄色のカラフルな化粧が施された。
身につけているものは、首から下げられた大きな数珠のようなものとおなじような耳飾り。
そして腰に巻いた一枚の布。上半身は裸だった。
困る!と思ったが、マリアの顔を見てあきらめた。ここまで来てそんなことを言ったってはじまらない。
マリアは静かな顔をしていた。
この儀式で認められたら、1年待たなくとも彼と結婚できるのだと言う。
「あなたは軽いからきっと大丈夫。風があなたの体を持ってってくれるわ。」
マリアにそう言われると素直に安心できた。そのマリアは、とてもふくよかな体型をしていた。
女たちに連れられて外へ出ると、男たちが待っていた。
目の前には高い崖がある。
崖の中央には、大きな岩がまっすぐに切られたような、平らな場所があった。
崖の真下は深い碧色をしている。そこだけ波がないように見えるが、良く見ると渦を巻いていた。
・・・めまいがする。
恋人はわたしを見て言った。
「風は充分にある。きみは鳥のように空を舞うだろうね。大丈夫。僕を信じて。」
男ふたりがわたしの両側に立ち、腕をつかんで歩き始めた。それを見た恋人は崖の上へと駆け上がる。
てっぺんへ着いた彼は、そこからゆっくりと中央の岩まで降りていった。
わたしは、彼の凧はどこにあるのだろう・・・と思いながら彼を見ている。
一体どうやってわたしを空に飛ばすのだろう?
岩場へ到着した恋人が合図を送った。男たちは手をたたいて歓声を送った。女たちは踊り始めた。
―ママさんがわたしに言った。
「もしも駄目だと思ったらあきらめていいんだよ。ただ、跳べばいい。飛ばなくてもいいの。わかるね?」
わたしは崖の上へと向かった。
飛べるだろうか、風に乗れるだろうか・・・と思いながら歩いている。
上まで行かなくちゃわからないな、と思いながら歩いている。
マリアは大丈夫だろうか、と思いながら歩いている。
「古くから大和の国にいたと言われる類のもの」を、おもいながら歩いている。
遠い小さな国のこの儀式の意味を思いながら・・・歩いている。
どうなるのだろう・・・どうするのだろう・・・と、思いながら、歩いている。
04/21/2003