とりとめのない。
話はとりとめがない。そういうものだと思う。
だって、人生だってとりとめもないでしょう。
主語を大きくすればそれらしくなるって?
でも、主語が大きいほうがそれらしくなるよね。
わたしが昔むかし好きだったひとの話をします。
そのひとは本が好きで物語が好きで音楽が好きで、
わたしのことを好きなひとでした。
そのひとは寂しがり屋で愛されたがり屋で欲しがり屋でした。
前に付き合った女の子にこっぴどく振られたんだか、
これまで全然彼女ができなかったんだかで、
そのひとはお金で人肌を買いました。
それを物語にして、まあ全部自分の見聞きしたこと感じたこと触れたものなのだけれど
本にしました。
それを読んだわたしはみぞみぞして、そのひとと仲良くなりました。
幸か不幸か、ちょうどわたしもその頃自分の物語を書いていたのでしたそのひとはそれを読んだのでした。わたしが大学生のときでした。楽しかったときでした。
そのひとはわたしの物語を読み、わたしはそのひとの物語を読んで、出会いました。
わたしのことこんなに理解して受け止めてくれるなんて!!
信じがたい感覚でした。わたしは決して幸せではありませんでした。
そのひとと過ごした時間はわずかでした。でも、たくさんのお互いを晒したくさんのお互いを見詰めました。
愛されていたと思うし、きっと愛したかもしれません。
でもそのひとはわたしに牙を剥いたのです。
わたしが、やっぱりあなたじゃなくて違うひとと一緒になるわ、と言った途端、そのひとは全くもってつまらない理屈を捏ね繰り回して練り上げて造り出しました。大いなる結論を。
「君は僕と結婚しているんだ。夫婦の間に他人が横入するなんて許せない」
わたしは恐怖を感じてそのひとから逃げました。借りていた本も語り明かした夜更けもかなぐり棄てて。
わたしはかなしかったかもしれない。傷付いたかもしれない。衝撃的だったし絶望的だった。
でもわたしは思いました。
あのひと、きっとわたしのことをそのうち物語にするわ。
だから平気でした。
そのひとは、わたしにたくさんの言葉を吐き捨てました。
「僕はこれから死ぬ。目の前にウイスキーのボトルがある。一時に飲み干したら死ぬだろう。 その向こうには何百メートルという高さの窓がある。落ちたら死ぬだろう。僕は死ぬことができるだろう」
わたしはそれでもそのひとを棄てました。なんでかって、そういう言葉を吐くひとを知っていたからです。
僕は死ぬ。死んでやる。だから僕を拾え。可哀そうだろう、僕は。君はきっと後悔するぞ。僕を棄てるなんて。
そうだね。後悔するよ、わたしは。
でも、人生はとりとめがないものだから。
あなたとの出会い、そのうち笑い種になるわ。
わたしはあなたの物語の中の悪女になるわ。
ね。
そういうものね。
かくしてわたしとそのひとは別れました。
そのひとが自殺せずに済んだのか、
あの会話のあとバイトがあると言っていたけれど無事に行けたのか、
飲んだくれた顔でバイトに行ってクビにならずに済んだのか、
わたしのことを物語に書いたのか、
新しい恋人ができたのか、
思い描いていた子だくさんの家族は築けたのか。
それは知る由もありません。
人生ってそういうものでしょう。
ほら、主語を大きくしたほうがそれらしくなるよね。
それってなんだ、って。
なんだろうね。
なんだろうね、人生って。
そんな昔話でした。
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