小さい頃の記憶は 怖いお父さんで埋め尽くされてる 手をあげるお父さん 叩かれる私たち 暴力で脅されて キレ症で あまりにも些細なことでキレるから 病気を疑って調べて病院を紹介しようかと思ったほどだ そんなこんなで父親にはいい記憶があまりない それだからかな 年上の男性に好意を寄せてしまう時が多い 中学生の時は音楽講習会の外部講師 私が引っ込み思案なのとその人が普通の人だったから何事も無かったが、これがひとつでも違えば一生モノの傷を覆う可能性だってあった訳だ その好
お母さんに囚われてる 『お母さんが喜ぶようにしなきゃ』 『いい子でいなきゃ』 幼い頃からずっとこれだった 私の幸せは母の幸せ 母が喜ぶように生きてきた それは単純でお母さんの言う通りに生きてた方が楽だから 私が意思表示したって意味が無い 無視されて正論返しされるだけ だから自我を出さずに頑張ってきた 成績だって心配させた事ないし 大学にだって進んだ でもふとした時に思う 『これって誰の人生なんだろう』 ずっと『正解』を求めて生きてきた 母の望むような私を演じて生きて
妹がてんかんを起こした 元々ウチの家族全員てんかんの遺伝子は持ってたみたいで、たまたま妹だけが発症した てんかんを抑えるための薬を飲んでるみたいだけど副作用が凄いらしく ・食欲低下 ・吐き気 ・眠気 など見ていて辛そうだ 本人が辛いのは100も承知なのだが 周りに当たってるのを見ると無性に腹が立つ 『こっちだって我慢してるのに』 『私だって辛いよ』などと叩きたくなる 薬の副作用で辛いのは私だって体験してるのにこう思ってしまう自分がとても醜い
何度かもう1人の私について記事を書いた よく頭の中で会話をする 会話というか一方的な叱責が多い 『なんでそんな事も出来ないのか』 『それくらいやれよ』 高校生の私だから叱責が多いのは納得だ だが最近その私が 『死ねよ』 って私の身体を殺そうとしてくる 身体の操作権は私がギリギリ握っている でもそれをまた高校生の時のように乗っ取ろうとしてくる まるでガンダムみたい 見た事ないけど いつか殺される日がくるのかな
甘いケーキの中に入ってる苦めの柑橘類 サイダーに混じった嘘の味 アルコールと一緒に飲みこんだあの日のトラウマ
私は休むことに対して罪悪感が酷い それは昔、休むことを許されなかったから (インフルとかは流石に休んだけども) 私の中で 『休むこと=悪』 だと結びつくのは容易かった その弊害が今になって出てきた ずっとガス欠の車をフルスロットルで 無理矢理動かし続けて でも休み方も分からないし 休んだら怒られると思って ついに動けなくなった それでも休み方が分からなくて 入院してようやく休み方と自分のキャパが 分かってきた 入院当初も『あぁ…休んでる……もう自分には価値がない
『明るくなれば虐められなくなるよ』 『黙ってればいいのよ』 『あなたにも悪い部分はあるよ』 『生きてればいつか良い事あるよ』 『そういうやつはいつか天罰が下るんだから』 『今頑張って耐えれば貴方の為になる』 今まで言われてきた無責任な言葉たち 私は無責任な人になりたくない 人の人生の責任なんて取れない から死にたいって言われたら 『死にたかったら死んだらいいよ』 って答えた だって無責任にその場しのぎの言葉を伝えても 本当にそうなるとは限らないし 人の人生の責任なん
私 比較的いい子なんですよ ダメって言われたことは絶対にしない お酒もタバコも20になるまで絶対やらなかった 待てって言われれば死ぬまで待てるよ まるで犬みたいだね でもいい子が求められるのは義務教育まで 社会に出ればいい子なんて要らない
舞台は中学校 男子生徒が 『どうせ俺なんて死んじゃえばいいんだ』って 生気のない感じで窓に立って 先生も適当にあしらってたら 本当にフッと飛び降りて 他の人が叫びながら血の気が引いて 飛び散った血が私たちにかかる そんな夢 血はぬるかった 人が死ぬ時ってあんなに自然にふらっと 死んじゃうんだね
可愛いは最強だ ピンクもリボンもアクセサリーも スカートも長い髪も巻いてる髪も メイクもロリータもいい匂いも 全部女の子の特権だ でも私のためには存在してない 私には可愛くなるのが怖い 可愛くなる資格も無い それは私がブサイクとかそういう話じゃなくて 私は昔から痴漢に合うことが多かった 通学で電車を使うことが多かったから 胸も大きいしスカートも膝上で(校則で決まってる長さ)格好の的だったのかもしれない 朝の満員電車で何度痴漢にあったことか だから今でも電車に乗るの
推しの子でそんなセリフがあった 確かその回は誹謗中傷の回でこの台詞も 『凄く分かるなぁ…』って思ってしまった もう虐められたくなくて高校生の時は 自分の身を嘘で塗り固めてた 本当の私を消して 明るくなれば虐められなくて済むって はるか昔誰かに言われた言葉を信じて 嘘で固めた私は最強だった 明るいから先輩にも気に入られて 陽キャとまではいかないけど それなりに友達も出来て でもそれは全部嘘だから 初めは『ボロが出たらどうしよう……』って 心配ばかりしてたけど 嘘
前も似たようなnoteを書いた 今日は8月31日らしい 義務教育の頃は死ぬほど嫌な日だったのに 今となっては何ともない日だ 昔の私に第三の場所があれば もっと生きやすかったのかなって 上手く文章が纏まらないや でもきっと現在進行形で 31日が来なければいいのにって 思ってる子供もいると思うんだ なんでいじめって無くならないんだろうね 人間だからか 人間の性善説なんて信じちゃいけない
私がもし虐められなかったら 私がもしもっと早く精神科にかかれてたら 私がもし健常で産まれてきてたら もし、もし、もし………… そんなifを考えてしまう それはきっと今の状況が 耐えられないくらい辛いから そんな妄想をする事でしか 今を生き延びれないから
私と一緒に沈んで欲しい 私の持ってる苦しみを 誰かに背負わせたい 私の考えを 私の苦しみを 私の全てを 私が死のうとしてることも きっと誰かに止めて欲しいのかもしれない 誰かに気付いて欲しいのかもしれない 一緒に沈んでくれなきゃ嫌だ 自分だけ安全地帯にいるなんて許さない
私は自分の体が大嫌いだ 分かりやすいくらいの安産型 他の人に比べて大きな胸 嫌でも『女性』に見える自分の体 凄く嫌いだ もう大学生になったからショートヘアにしたし 体のラインが分からないような中性的な服 毎日胸つぶしを付けることで出来るだけ 『女性』を意識しないように工夫してる それでも体は女性だ この事実のせいで私の中で トラウマ的な出来事に合った 別に性的被害にあった訳じゃない でも本当に気持ち悪かった 今まで何ともなかったのに あの出来事のせいで自分の体
9月1日 私にとっては特に最悪な日だった ずっと虐められてて でも段々慣れてくるもんで 『辛い』という感情が 薄れていった でも夏休みを経ると 『虐められない』という環境を知ってしまう たった1ヶ月くらい それでも私には最高な日々だった 虐められない それは私にとって何よりも嬉しい事だった 9月1日 何度『死んじゃおっかな』と思ったことか 居場所が何処にもなくて もう一度虐められる環境に行くのは凄く嫌で でも、もう親にも教師にも 助けを求めるのも諦めてて 大