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小説投稿20年、現在57敗中…(⑥作品を投げ捨てられて)


作品を投げ捨てられて

 ブラジルの「勝ち組」を基にした自分の作品を、このまま埋もれさせたくない。
 8つの文学賞で落とされ、それでも諦めきれなかった私は、「原稿持ち込み作戦」を敢行しました。

 まず、いくつかの出版社に、作品企画書をメールで送ったのですが、もちろん返事はありませんでした。やっぱり、いきなり送りつけても無理だろうと、今度はかぼそい伝手を頼って、あちこちに頼み込んで編集者を紹介してもらうことにしたのです。

送付した作品の企画書

 
なんとか会ってくれた編集者は、一言。

「小説は、売れないんだよね」

 面倒くさそうに言い放ち、ぺらぺらとページをめくっただけでした。企画書の趣旨も、あらすじすら読まずに、原稿をぽいと放り投げたのです。

――あっっ。

 一瞬、言葉が出ませんでした。ただ呻き声だけ。
 ため息も、憤りの声も、ありません。ですが、その光景はいまでも目に焼き付いています。たぶん、向こうは忘れているでしょうが。

 ドラマや映画で見たことのあるシーンそのままでした。「本当に、こんなことがあるのかよ」と思っていたのですが、実際にあったのです。ドラマなら、それをバネにして、主人公は最後に成功、視聴者のカタルシスも得られるのですが、現実はそう簡単ではありません。

 小説は売れない。編集者は、売れそうにない小説など扱わない。持ち込みするのなら、売れそうな企画を持ってこい、ということなのです。



虐待されるフリーライター

 編集者とライターは、仕事を発注する側と、仕事をもらう側で、その力関係は明白でした。

「ライターなど、掃いて捨てるほどいるから」

 知り合いの元編集者は、平気で口にしていました。

「こんな仕事は、喰いつめライターに、やらせればいいから」

 彼らが、陰でそう話していたのも知っていました。
 それがフリーライターの現実でした。

 私も、無理難題を押し付けられたり、いきなり呼びつけられたり、日常茶飯事でした。契約を一方的に変更・破棄されたりしたことも一度や二度ではありません。「仕事を紹介したから、紹介料として印税の一部をわたせ」と迫ってきた人もいました。仲介者に、ただでさえ少ない原稿料や取材費をピンハネされたこともありました。

 私だけではありません。仲間のフリーライターも総じて同じような経験をしており、十数年前の北海道では、その立場は相当低かったと思います。(さすがに、最近は違うかもしれません。2024年11月1日からは「フリーランス法」も施行されるし)


「一度仕事を断ると、次から来なくなるので、どんな仕事も断れないんだ。だから、どんどん追い込まれていって……」

 知り合いで、身を削るように仕事をして、精神的に病んでしまったライターもいました。

 私の場合は、仕事で関わっていた担当者らを、密かに「殿」と呼んでいました。
 ライターは家来のようなものだし、いくら理不尽な要求をされても「まあ、殿の言うことだから」と受け流すためで、精神衛生上の対応策ともいえました。

 ですから、作品を放り投げられたとき、「殿なんだから、仕方ない」とただ見つめるだけだったのです。声にならない呻きを漏らしながら。

 とにかく、何度投稿しても駄目、持ち込みも受け入れてもらえず、悶々とした日々が続きました。

(つづく)


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