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素面でのホテルマン生活 2

 15年ぶりのホテルマン生活。声がかかった理由がなんとなく分かって来ました。

 ちよっと問題のある若い社員の指導が主な理由のようで。

 頼まれた訳でもありませんが、私の性格上、放っておく訳にもいかないので、かわいがりつつ、時には厳しく、任して任さずみたいな感じで接していました。

 そして、とうとうホテルの一大イベントのディナーショーを迎えることになりました。

 課長が急遽入院となったので、その彼がディナーショーの現場責任者を任されることになりました。

 課長も病室でディナーショーの手順をまとめたノートを作り、彼も一生懸命そのノートを読み返していました。

 ショーは2回あり、お客さんも入れ替わります。

 1回目の会場を全て片付けて2回目の会場に作り替えなくてはなりません。

 業界用語で「どんでん」と言いますが、この「どんでん」をいかに早く正確に終わらせるかも重大な問題です。

 どんでんに関しては、何度も経験のある私が責任者となりました。

 とにかく1回目の料理出しと下げをスムーズに終わらせ、どんでんを時間内に終わらせられるかどうかが鍵になります。

 心配をよそにとうとうディナーショー当日がやってきました。

 ショーは今では有名ですが、当時はまだ売り出し中の若手演歌歌手。

 我々スタッフ一人一人に

「よろしくお願いします」

と頭を下げる好青年でした。

 1回目のお客さんが入りだします。

 時間がやや早いこともあり、お客さんの入りが鈍い…。

 料理を出す時間も遅れます。

 予定より5分遅れ…。

 内心「うわ…まずいな」と思いつつ、彼の様子を見ると、あまり事の重大さに気づいていない様子…。

 とりあえず厨房に走って状況を説明するように伝え、こちらは会場内の全体の様子を見ながら動きます。

 料理を出す時間が遅れるとだんだん時間も押して来ます。

 肉料理を出す時間になるとすでに10分遅れ…。

 彼も彼なりに一生懸命頑張っているのが伝わりますが、いかんせん時間の遅れは取り戻せません。

 「出せれるところから出して行くから、厨房に肉料理出すと電話しろ」

 と彼にハッパかけて私は魚料理の下げにかかるようにみんなに伝えます。

 きっちり形通りやりたいところですが、この際そうも言っておれません。

 まさに「しっちゃかめっちゃか」という言葉がピッタリな状態でしたが、何とか10分遅れのまま、肉料理、デザート、コーヒーまで出し切り、1回目のショーは時間通り始まりました。

 ショーの間は嵐が去った後のようなバックヤードの片付けと2回目のディナーの準備です。

 彼に「何とか間に合って良かった。よく頑張った」と声をかけました。

 1回目のショーが終わり、「どんでん」も何とか時間通りに済ませて、とりあえず少し落ち着きました。

 後は2回目のディナーを時間通りに終わらせてショーにつなげるだけ。

 2回目の彼の様子も見ていて不安なところもありましたが、なんとかやっているように見えました。

 無事にショーも終わり、ホテルの一大イベントも大きなトラブルも無く終わらせることができました。

「よく頑張った!」

 肩を叩いてとにかく褒めてやりました。

 できたできなかったではなく、あの無気力に見える彼が、一生懸命頑張って何とかしようとしている姿勢を褒めてやりました。

数日後、退院してきた課長にも一生懸命頑張っていたことを伝えました。

「これで彼もちよっと自信がついて変わるかな?」

と期待していました。


…が、残念ながら相変わらず無気力で抜けも多く、仕事を忘れることも多い元の彼に戻ってしまいました。

 私の方は契約は1年で、契約の更新も打診されてましたが、どうも居る場所で無い感もあり、退社することにしました。

 飲酒欲求も出ることもなく、素面でホテルの仕事をやり直すことができたことは良い思い出となりました。

その彼ですが、私の退社後しばらくして辞めてしまったようです。

 今頃どうしているのかな…。

 あの日のお前だけは輝いていたぞ。

 

 

 

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