浄土宗全書3附言
明治41年(1908)12月に刊行した『浄全』第3巻に付録された附言を紹介します。
なお旧字を常用漢字等現在通用の漢字に直し、適宜読点を加えました。
第三巻附言
一、本書第三巻の糅鈔は、坊間流布の書と異りて引文の出拠を掲け、錯誤を校正せるところ多し、読者は一瞥直にその便益を感知せらるゝならん、乃ちこゝにその稿本の出処につき一言すへし、
稿本の第一巻より第廿七巻に至る廿七冊は、増上寺蔵版の新本に拠る、該新本は古老の言を聞くに安政文久の頃、闡誉大僧正会下に於て吉水玄信師等その主幹となり、闔山の学寮主を督して校訂に従ひ廿七巻まで梓に上し、其余は事に障へられて果さず、為に未だ一度も印刷せさりしと云ふ、今回増上寺の允諾を得、初めて印刷して稿本に用ゐたるなり、
稿本の第廿八巻より第四十八巻に至る廿一冊は、更に本会に於て明暦版に依り、増上寺新本の轍に倣ひて伝通記諸末註(坂下、良栄見聞及再抄)を対照して校讎を加へたるなり、其校讎は原本参照の便を計り、冠註に本書所引典籍の所在を指示し、其中縮刷蔵経にあるものはそれによりて巻帙紙数を挙げ、其他は現行本に従ふ、又冠註に坂下見とあるは、伝通記坂下見聞(また遅沢抄とも云ふ)にして、単に見とあるは伝通記良栄見聞を指す、
一、糅鈔要義目録(明暦板)は其作者知りがたしと雖も、繙読に便利あるべし、いま之を収めて巻初に附す、
一、本巻を出版するに方り、増上寺、宗教大学、太田密道、越智専明、松濤松巌、不染信翁、吉川沢誠、野沢俊冏等の諸師は書籍を貸与せられ、又伝通院は口絵撮影につき便宜を与へられたり、茲に併せて鳴謝す、
明治四十一年十二月浄土宗宗典刊行会
正誤 糅鈔第二十九巻 山海経以下四十九字誤謬甚矣、今録山海経文以代訂正、山海経第五巻七紙云、縞羝山之首曰平逢之山、南望伊洛、東望穀城之山、(在済北穀城県西、黄石公石在此山下、張良取以合葬耳、)无草木无水多沙石、有神焉其状如人而二首、名曰驕虫、是螫虫、(為螫虫之長)実惟蜂蜜之廬、(言群蜂之所舎集蜜赤蜂名)其祠之用一雄鷄禳、而勿殺、(禳亦祭名、謂禳郤悪気也)