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短編小説:「テトラの嫉妬」②
嘘を言うときに必ず頭をかく社長は、出資者の前でも頭をかいているからである。それでも薫は社長の役に立ちたいと考え、ネオンテトラと人間の会話翻訳機の基礎データとして頻出テトラ単語集をまとめている。
事件が起きたのはちょうど半年前である。
ネオンテトラと同じ数のメダカが水槽に放たれたのがきっかけだった。松山市内を流れる石手川で社長の捕ったメダカと薫たちをペアリングさせようと考えたらしい。社長の悪ふざけの一種である。実際は、それぞれ種が大きく違うので交雑はしないのである。
「そんなことも分からないのか」
薫は社長を水槽から何度もにらみつけてみた。
野性のメダカがネオンテトラと混泳するのに時間はかからなかった。野性の性質が薄れつつあるとはいえ、メダカは人影を見ると群れ、集団行動を取った。個の行動を重んじる薫たちネオンテトラからすれば、メダカは「臆病者」そのものだった。人間と魚の会話を翻訳する機器は、人間と犬猫の会話を翻訳するそれに比べたら、何十年もあとに開発されるだろう。ネオンテトラはそのとき、メダカのことを「臆病者」とは決して言わない。ただ、態度には出してしまう。薫はそう思っている。
「メダカはそっぽを向くに違いない。いや、、それなら耐えられる。『美魚だからって、うぬぼれるんじゃないよ!』と非難されたらどうしましょう」
事件から三週間ほどたったころから、薫は心がざわめくようになった。初めての経験である。
メダカの群れが大声で歌う曲を繰り返し聞かされた。
「〽めだかのがっこうはかわのなか……みんなでおゆうぎしているよ……めだかのがっこうはうれしそう……みんながそろってつーいつい」
(続く)