顔を麦わら帽子で隠す女性

# 1 「南ちゃん」という幻想を求めて。


幼馴染の真弓(仮名)とはいつも喧嘩ばかりしていた。

信仰を同じくする母親同士の仲が良かったので(僕の母親は熱心なキリスト教徒だった)、物心ついた時には側にいて、いわゆる一つの幼馴染という関係だった。しかし喧嘩友達といった方がしっくりくるほど、僕たちは会うたびに喧嘩していたのだ。

あるときはこうだった。

教会でいつものように母親同士が楽しげに談笑しているのを尻目にそれぞれ遊んでいたのだが、僕らのどちらかが傍らに停めてある自転車に小さな樹脂製の魚のキーホルダーが付いているのを見つけた。

当時まだ幼稚園児だった僕らは何故か、どちらのモノでもないはずのそれをめぐって取り合いを始めた。最初はその魚が欲しいということで取り合っていたのだが、徐々にそれは「相手に譲りたくない」という気持ちになっていった。

弱々しい部品から作られていたその魚はやがて、幼い子供の力でも簡単にキーホルダーの金具部分からちぎり取られてしまった。

そのうちやってきた高校生くらいの青年に平謝りする母親を見て、子供心に悪いことをしたのだ、ということは理解できたが、気持ちの上ではまだ真弓に対抗心を燃やしていた。

その青年は今思えば驚くほど人間が出来ていて、にこやかに「あげますよ」と言ってくれた。その魚はその後何年も僕の家にあったので、真弓にも譲らず僕が持ち帰ってしまったようだ。

やがて真弓と僕は同じ小学校に通うようになった。
相変わらず僕らは仲が良いとは言い難く、苦手な漢字テストでの僕のおかしな間違いを真弓は笑ったし、僕は帰り際の彼女のカバンの金具を教室の机に括り付けるなどという低レベルないたずらを施していた。

真弓を女性として初めて意識したのは高校3年の秋だった。
違う中学、高校に通っていた僕と真弓は互いに疎遠になっていた。

分不相応な目標を立てていた僕は予備校取材のK大学の模試を受けるため、模試会場の駅前の貸会議室へ行ったのだ。

そこに真弓がいた。
久しぶりに見る彼女は、驚くほど変わっていなかった。
会わなかったのは小学校6年から高校3年の間だから、それほど変わらなくて当たり前なのかもしれない。

そんな彼女が僕と同じくK大学に行きたいと言っている。

一瞬で、真弓と一緒に大学の講義を受ける図、僕の下宿に遊びに来る真弓、デートに行く妄想が膨らんでしまった。

模試終了後、それまでの人生で互いにいがみ合うことしかしてこなかった真弓と僕は、たどたどしく「頑張りましょう」と言いあい、メアドを交換した。

2人とも第一志望だったK大学は受からなかった。
真弓は浪人を経て地元の医科大学に通っているらしい。
僕は地元を遠く離れた。

以来、連絡はとっていない。
多分、まだ同じ顔だろう。