不遇・苦境・逆境を生き抜く…/被害者の様に生きる道から、心の姿勢だけは自由で楽しく幸せに生きる道へ…
この家に生まれたから…
この国に生まれたから…
この時代に生きているから…
2年前から、圧倒的に生きずらくなったと、私は感じています
隣国や欧米でも、圧政により自由や人権が制限される情報を目にします…
海外への渡航費・現地での仕事と住む場所の安心と安全について、伝手や拠り所がないと、移住や移民になるのは難しく思います…
昨年、日本から出て、自由や民主主義のある国に、逃げたくなりました…
戦前・戦後、幸せな生活や夢が叶うと、政府公報の甘言に騙され…
いざ海外に移住したら、過酷な労働と差別の中で、辛酸や苦渋を舐めることに…
この時代も悪政禍が…
不遇・苦境・逆境の渦中にいると、まず誰かや何かのせいだと、私は感じます
戸籍年齢上、大人と呼ばれても、自分と同等・高い期待を満たさない他者が不十分な人に思えると、、、
身の回りの親・先生・上司・店員さんが悪いから、その人達のせいで、自分は満たされない・幸せではないんだと…
この地域・この国・この時代に生まれたせいで、自分は幸せになれないんだ…
或いは、自分がダメだから、自分の努力や頑張りが足りないからだと…
理不尽や不条理から、自分の心身を守る為に、対処や対抗も必要ですが、今は抗えない・変えられない現実や実情が目の前にある時に…
誰かや・何かや・自分のせいだと思わないと、現実に押し潰されてしまうので、必要なことだと、ようやく気付きました
名君が統治する国に生まれ、愛情と相互尊重の人間関係がある家庭・他者が身近にある環境にいれば、人並みの幸せが得られる可能性が高いと思います
自分にとっての当たり前や現実が、理想や他人の芝生と違うと、全てが色褪せて・つまらなく見えてしまい、ワタシの人生は被害者だったと思う…
強制収容所に入れられた人が、空を見て綺麗だと感じることは、唯一残った心の自由を選べ、幸せや喜びを探し・感じることなのでは、ないでしょうか?
目の前の現実は容易に変えられなくても、心の自由を選んで幸せや喜びは探せるし、人や出来事の見方も、自分次第で違う見方もできると
生きる糧である人生経験
偏った癖や慣れが心身に染みついていますが、ゆっくりと選んだり・考えたり・休んだりして、生きたいです
それが生きること・人生なのかと、今は思います