岡口裁判官の民事裁判の経緯・その1
岡口基一裁判官を被告とする民事裁判は、2023年1月27日に、岡口裁判官側に44万円の損害賠償を命じる判決が下された。
問題とされたのは投稿1~投稿3の三つの表現であり、判決で、損害賠償が命じられたのは、投稿3に対してのみである。投稿1と投稿2は、不法行為とは認定されなかった。
双方からどのような主張がなされ、判決に至ったのか。民事裁判は書面審理であり、弁論準備手続きは非公開であったため、判決が出た現在も、十分に理解はされていない。クローズアップされたのは、公開で行われた遺族の証人尋問であり、遺族側の言い分のみが取り上げられている状況である。そのため、岡口裁判官が侮辱的・不合理な主張を行っていたかのような印象さえ持たれているのではないかと思われる。
今回は、原告側の第一回、二回の主張から、岡口裁判官側の第一回主張までを紹介していく。
なお、原告とは遺族側であり、被告とは岡口裁判官のことである。
原文をそのまま掲載した方が理解の助けになる場合も多いので、文中には文書からの引用が多くなることを、お断りしておく。
第一:訴状と答弁書
令和3年、原告である遺族父と遺族母は、被告である岡口裁判官に対して民事訴訟を提起した。当初の原告側代理人は、山本剛、中澤康介、多田幸生の三名の弁護士であった。
請求の趣旨を訴状より引用すると
というものである。
請求の対象となった行為として、遺族側は、岡口裁判官の以下の表現行為を挙げた。訴状より引用する。
その他にも、関連事実として、平成30年4月22日に全裸に見えるような投稿をした、といった、およそ遺族とは関係ない、侮辱にも誹謗中傷にもなり得ないツイートなどを、岡口裁判官の非難されるべき言動として挙げている。この岡口裁判官の枝葉末節な言動に着目した、「関連事実」の項目が、訴状の約半分を占めているほどだ。
投稿1について、遺族側は
「刑法上の重要論点を含む本件刑事判決を法律家に周知するためのものと見ることはできず、閲覧者の性的好奇心に訴えかけて、興味本位で本件刑事判決を閲覧するよう誘導しようとするものというほかない」(訴状より)
とさしたる根拠を挙げずに断じ
「原告らは、わが子が性犯罪の被害に遭って殺害され、甚大な精神的苦痛を受けていた。かかる状況において、裁判官である被告が上記のような本件投稿1をしたことは、被害者の尊厳や遺族の心情に対する配慮を著しく欠いており、事件が後期の目にさらされて被害者の尊厳がこれ以上傷つけられることのないよう願っていた原告らに対する侮辱であり、原告らに多大なる精神的苦痛を与える不法行為であるというほかない」(訴状より)
と主張している。
投稿2、投稿3については
「原告らが自ら判断をする能力がなく、東京高裁事務局等の思惑通りに不合理な非難を続けている人物であるかのような印象を与える侮辱行為であり、また、原告らの社会的評価を低下させる名誉棄損行為である。本件投稿2及び本件投稿3が多数の者に向けてされたこととあいまって、被告による本件投稿1によって心情を害されて抗議等をするに至った原告ら遺族を侮辱してその心情をさらに傷つけ、犯罪被害者遺族の副次的な被害を拡大させる不法行為(民法709条、710条)であるというほかない」(訴状より)
と主張している。
岡口裁判官の表現では、ネット上では投稿3の「洗脳発言」が口を極めて叩かれたが、当初の訴状では、投稿1である判決文紹介ツイートを中心に据えている印象であった。
また、投稿1については、侮辱であり不法行為であると主張し、投稿2,3については侮辱的行為であり、原告らの社会的地位を低下させる名誉棄損行為である、と訴状の段階では主張していた。
これに対して、被告側である岡口裁判官側は、答弁書を提出した。訴訟代理人は、大賀浩一、小倉秀夫、西村正治、野間啓の四名である。
1・原告らの請求をいずれも棄却する
2・訴訟費用は原告の負担とする
との判決を求めると答弁を行った。
請求原因への認否は、簡潔に記されていた。概ね、以下のとおりである。
・原告らが東京高等裁判所に抗議を行ったこと及び裁判官訴追委員会に対し訴追請求を行ったことは不知、その余は認める。なお原告らからの直接抗議を受けて、被告は直ちに投稿1を削除している。
・投稿2を投稿した事実は認めるが、本件投稿2が「原告らの抗議に対してされたもの」であるという点は否認する。この投稿は、ある弁護士のツイートの文言をそのまま引用し、そのツイートのリンクを張ったものに過ぎない。
また、答弁書の段階では主張を行わなかった。遺族側の主張について、求釈明を行い、その後に主張するとのことであった。
求釈明の内容は、「原告ら(注:遺族側)の主張する責任原因(訴状「第2請求の原因」「4責任原因」)のうち、本件投稿1については侮辱であると明記されているのに対し、本件投稿2及び投稿3については、「侮辱行為であり、また、原告らの主観的評価を低下させる名誉棄損行為である」と並列的に主張されている」が、投稿2及び本件投稿3がそれぞれどのような事実の適示がなされているとする(あるいはどのような論評がなされているとする)趣旨か、明確にしてほしい、というものであった。
第二:原告側の更なる主張
原告側は、求釈明に対し、まずは犯罪被害者人格権を侵害されたと主張した。以下、引用すると
という主張であった。
そして、投稿1については、以下のように主張した。
・投稿1については、敬愛追慕の情及びプライバシー権を侵害し、犯罪被害者人格権を侵害する。
・投稿1は、被告人の異常な性癖や犯行の猟奇性に着目した表現により、閲覧者の性的好奇心に訴えかけて、興味本位で本件刑事判決を閲覧するよう誘導しようとするものである。
判決文紹介ツイートの表現は、どうみても猟奇的なものではないが、そのように主張したのである。主張の根拠は、以下のようなものであった。
・本件投稿1には本件判決に含まれる刑法上の論点についての言及がない
・誘導リンク先の刑事判決にはそれまで報道されたことのない詳細な犯罪被害事実が記載されていた
・被告は著名人であり多数のフォロワーがいたので、相当の人数が誘導リンク先の刑事判決を閲覧したと思われる
・原告らが本件投稿1のあと直ちに被告に対する抗議を行っている
・原告らが本件投稿1は被害者の尊厳に対する配慮が全くなく、本件刑事事件を軽視し茶化していると感じさせる書き込みであり、強い憤りを覚えたなどとして被申立人の処分を求める旨の要望書を提出した
投稿2及び投稿3については、犯罪被害者人格権等の侵害として、名誉権及び遺族が平穏に暮らす権利を侵害されたと主張した。
投稿2及び投稿3は、投稿1に対する原告らの抗議に対して
・原告らが自ら判断する能力がなく、東京高裁事務局等の思惑通りに不合理な非難を続けている人物であるかのような印象を与える侮辱的な投稿を行った
・原告らの名誉権を侵害するだけでなく、原告らが静穏に暮らす権利、故人を敬愛追慕する情等の犯罪被害者人格権を、連続的、かつ、重畳的に、侵害した
という主張であった。
求釈明については、以下引用する。
第三:岡口裁判官側の具体的主張
岡口裁判官側は、2021年8月20日付の被告弁論準備書面(1)で、反論と具体的な主張を行った。
まず、投稿の趣旨について、冒頭で以下のように説明した。以下、引用する。
そして、投稿1について、以下のように主張した。
・被害者被告人(注:殺人事件の被告人)の氏名住所、犯行場所ともに、掲載されておらず、判決文を読んでも被害者を特定することは困難である。
・投稿1のような紹介文になったのは、性的意図に基づく殺人という本件犯罪の深刻な実相を表現するとともに、被告人において「当初から、被害者を殺害した後に姦淫行為に及ぶ意思であった」ということが法律的に重要な意味を持つからであった。
・殺人事件被害者の女性を冒涜したり、遺族を傷つける意図は全くなかった。
・刑事判決ページの裁判例が具体的に何の事件に関する裁判例であるかを知らないでその裁判例の紹介を行ったのであり、「本件事件に関し」投稿したものではない。
・原告から当初寄せられたツイートは「被害者の母親です。なぜ私たちに断りもなく判決文をこのような形であげているのですか?法律に触れない行為かもしれませんが、非常に不愉快です」というものであったが、判決文を掲載したのは被告ではなく東京高裁であり、その点でも原告に誤解があると感じた。
・誤解を解き、原告の心情を傷つけたとすればそのことをお詫びしなければならないと強く感じた。
また、岡口裁判官は、東京高裁が和解に向けて動いてくれることを期待していたが、東京高裁はSNSをやめるように言うだけで、和解に向けては動いてくれなかった旨を述べている。
投稿2についての主張は、以下引用する。
投稿3については、以下のように背景を説明している。
本件刑事判決を下級審判決速報として最高裁のウェブサイトに掲載したのは東京高等裁判所の担当者であって、岡口裁判官はそのURLをツイート上に記載しただけである。本件刑事判決をウェブ上で公開したことが問題なのであれば、その批判はもっぱら東京高裁へ向かうべきなのではないかと考えた。
しかし、誤解が解けるどころか、被害者遺族らは裁判官訴追委員会への訴追申し立てを行い、更にそれを後押しするための署名運動が呼びかけられた。このため、原告らに誤った情報を与え、原告らを煽り立てている存在がいるのではないかとの疑念が、岡口裁判官に起こった
毎日新聞の伊藤記者は、岡口批判の記事を何度も書いており、他方、判決を公開してしまった東京高裁については何ら批判をしていなかった。東京高裁も、岡口裁判官のツイートを遺憾とするのみで、解決に向けて動こうとはしなかった。これら、岡口批判ばかりに接しているうちに、遺族が岡口裁判官の処分ばかりを求めるようになってしまっても無理はないと思った。
こうした状態にある中で、山中理司弁護士のブログに2019年11月12日、「下級裁判所判例集に掲載する裁判例の選別基準」が転載されたことを知った。これを見て、この基準に反して本件刑事判決を下級審裁判例速報に掲載した東京高裁の担当者の判断が原因ではないかと思い至り、友人を中心に情報交換をしていたFacebookに、山中弁護士の上記ブログ期日のURLとともに本件投稿3を投稿した。
そして、以下のように主張した。
・東京高裁あるいは毎日新聞の影響を原告が受けているという推測を、友人の範囲で吐露した内容であった。原告に対して貶めるような意図は何一つ持っていない。
・友人限定の設定で投稿したつもりでいたが、投稿直後に読売新聞の記者から公開設定になっていることを指摘され、原告らの目に触れる可能性も考えてこれを削除するとともに、触れた可能性を考えて謝罪投稿をした。
・11月12日は山中弁護士のブログがアップされた日であり、被害者の命日に意図して投稿したものではない。そもそも被告は被害者の命日を記憶していなかった。
法的な主張は、以下のようなものであった。
*投稿1について
・投稿1を削除してからすでに3年数か月が本件訴えの提起時点で経過している。よって、時効が成立する。
・本件投稿1を投稿した動機に関する最判令和2年8月26日の判示部分は、具体的な証拠に基づくものではないし、その既判力は本件訴訟に及ぶものではない。そもそもこの記載で閲覧者の性的好奇心に訴えかけて興味本位で本件刑事判決ページを閲覧しようという気持ちを起こさせることは困難である。被告の指摘は法律情報の提供を意図したものであり、興味本位の誘導を意図して本件投稿1を投稿したと誤解するのは非常に残念である。
・故人に対する遺族の敬愛追慕の情を広く保護した場合、故人に関する表現行為が著しく制限され、表現の自由を保障した憲法21条と抵触することにもなる。故人の遺族に不快な感情を生じさせたというだけで、不法行為を成立させることは適切ではない。
・故人の死の直後になされた表現行為であっても、仮に故人が生存していたとしても違法な名誉棄損やプライバシー権侵害とはならないものについては、遺族の死者に対する敬愛追慕の情を、受忍限度を超えて侵害するものに当たらない。
・一般人を基準とした場合に通常知られたくない、原告ら本人に関する情報を含まないので、投稿することは原告らのプライバシー権侵害とはならない。
*投稿2について
・原告らが被告の処分を求めて度重なる行動をとっていることについて某弁護士の意見を紹介したものである。原告らの社会的評価は低下しないので、本件投稿2を投稿することは原告らの名誉を棄損するものではない。
*投稿3について
・特定の問題について、一方的に偏った情報ばかり提供された場合に誤解をするのはやむを得ないことであって、自分で判断をする能力が低いからという問題ではない。したがって、原告らが東京高裁や毎日新聞に「洗脳された」との事実適示は、原告らの社会的評価を低下させるものではない。
なお、投稿1については、以下のように検討している。以下、引用する。
また、「犯罪被害者人格権」を侵害された、という原告側の主張について、以下のように反論した。
・犯罪被害者基本法は、犯罪被害者等の名誉又は生活の平穏を害するおそれの乏しい態様での、犯罪情報の取り扱いを禁止する権利を、犯罪被害者等に付与したものとみることはできない。
・犯罪やその背景事情、司法判断は社会の正当な関心事である。犯罪に関する報道その他の表現活動はたとえ被害者等の意に沿わないものであっても、表現の自由(憲法21条)による強い保証を受けるべきである。犯罪被害者等に過度の情報コントロール権を付与するのは不適切であることからすると、犯罪被害者等の名誉を棄損せず、また、その生活の平穏を害するとまでは言えない情報の流通に関しては、不法行為に当たらない。
確かに、被害者遺族に過剰な情報コントロール権が付与されれば、およそ報道などできなくなるであろう。事件の真相が、冤罪であった、被害者側の犯罪行為が被告人を追い詰め犯行を惹起させた、など、被害者側の意に添わぬものであることは、往々にして見られる。その場合、意に添わぬ報道や論評ができないのであれば、思想の自由、良心の自由さえも危うくなるのではないか。
そして、東京高裁の遺族への説明が、岡口裁判官と話し合われた末に行われたわけではないことが見て取れた。
「東京高裁職員が原告にどのような説明をしたのか被告にはわからない。その説明は被告と相談の上なされたものではないし、事後の説明も受けていない」
という文言が、文中にはよく出てきた。また、事件と関係ない表現行為について、原告が抗議の電話をしたことは知らなかった、とのことであった。
また、岡口裁判官側は、以下のように求釈明を行った。
そして、最期に、謝罪の言葉を述べた。
結論から言えば、原告側が頭から和解に応じない姿勢を見せたため、和解には至らなかった。