【藤原茜】6月の初タイトル戦ドローで覚醒 トップアマ相手にひるまずベルト獲得を狙う 2022年12月1日
◇WBO女子アジアパシフィック・スーパーバンタム級王座決定8回戦
藤原茜(ワタナベ) 7戦5勝(2KO)1敗1分
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イェスゲン・オュンツェツェグ(モンゴル) 1戦1勝
お豆腐を通り越して豆乳。
固形ですらないメンタル
リング上での凜々しい姿からは想像できないのだが、藤原はいつも自分の弱さと格闘してきたのだという。
「私って“メンタルお豆腐”なんです。先日、スパーリングの相手をしてくれているキックボクサーの浅井春香さんと反省会をしたときは『もう、お豆腐を通り越して豆乳だよね。固形ですらない』って話したくらいです(笑)。メンタル、弱いんですよ」
試合ではいつも緊張して、気がつけば試合が終わっているような感じだった。勝った試合のあと、控え室で元日本フェザー級王者の梅津宏治トレーナーからしこたま怒られ、涙を流したことは何度もあった。
「梅津さんは本当にていねいに教えてくれるんです。それなのに練習でやったことが試合で出せない。悔しくて、情けなくて、自信もなくて。そういう状態で巡ってきたのが前回、6月のタイトルマッチでした」
はじめてのタイトルマッチ、
はじめて試合を楽しいと思えた
コロナ禍の影響もあって実に2年8カ月ぶりの試合。しかも初めてのタイトルマッチで、対戦相手は日本フェザー級王者の三好喜美佳(川崎新田)。東洋太平洋タイトルを3階級で制し、世界挑戦も経験している大ベテランだ。キャリアで大きく水をあけられ、しかもブランク明けというチャレンジャーが劣勢を予想されるのは無理もなかった。
しかし――。
藤原は互角以上にファイトしてみせた。前に出る三好の動きを冷静に見て、カウンターと打ち終わりのリターンを徹底して打ち込み、チャンピオンを大いに苦しめた。結果は三者三様のドロー。ベルトに手は届かず、悔しい気持ちはもちろんあった。ただ、藤原にとっては手応えのほうが大きな一戦となった。
「正直に言って100点満点でした。私は強くもないし、うまくもない。タイトルマッチが決まってからは梅津トレーナーとやるべきことを絞って、練習してきたことは100%すべて試合で出せました。だから反省はあっても悔いはない。試合をしていて楽しいと思ったのも初めてでした。自信になりました」
力を発揮できた最大の要因はメンタルだった。
「自分にできることは何かと冷静に考え、それだけを試合で出す。集中できました。邪念がなくなったというか、余計なことを考えなくなったというか、ピュアな感じで試合を迎えられました。ボクシングが好きだから試合を楽しもうと。そういうこと、頭では分かっていたんですけど、なかなかできない。5年目でようやくできたんです」
ボクシングは野蛮じゃない。
30歳でプロデビュー
ボクシングを始めたのは27歳のときだ。スポーツ・トレーナーの仕事をしていて、師匠にあたる人物がトップボクサー、和氣慎吾(FLARE)のトレーニングを指導していたことから和氣と交流が生まれる。初めてボクシングの試合を見たのは、和氣の東洋太平洋スーパーバンタム級王座の防衛戦だった。心引かれるものがあった。
「なんか、イメージと違っていたんです。あれっ、上手なんだな、ボクシングって野蛮なものじゃないんだなって」
和氣の勧めもあり、ボクシングを始めようと決意する。アマチュアで4戦2勝2敗の戦績を残し、2017年に30歳でプロデビュー。いきなり黒星を喫したものの、梅津トレーナーとコンビを組んでから着実に力を伸ばし、たどりついた試合が今年6月の日本タイトルマッチだったのである。
2戦連続してベルトをかけた試合が決まり、「前回の試合を評価してもらえた」と素直に喜んだ。対戦相手のオュンツェツェグの情報はまったくなかった。どこからか「そんなに強くはない」と耳にしていたが、相手のことは気にせず、自分を磨くことに集中した。
世界選手権ベスト8の相手選手との一戦、絶対に負けたくない
ところが試合の2週間前に飛び込んできた情報に驚愕した。オュンツェツェグが5月の世界選手権ベスト8、11月のアジア選手権にも出場して銅メダルを獲得しているトップアマ選手だというのだ。たちまち気持ちは落ち着かなくなり、“お豆腐のメンタル”が再び顔を出しかけが、そこからメンタルをしっかり立て直したところが今までの藤原とは違う。
「相手は強いですけど、何も分からないよりは映像も見られてよかった。練習でやってきたことを出せば勝てると思うし、より強い相手のほうがベルトを獲った喜びも大きい。そう思えるようになりました。目の前の試合が大事なんですけど、もう一度三好さんとやりたい。日本タイトルのベルトは絶対にほしい。だから今回は絶対に負けたくないんです」
与えられた舞台を全力で楽しむ
大学卒業後にトレーナーの仕事で栄養学と食事を学び、ファスティング(断食)をフィットネスの世界にいち早く持ち込んで成功を収めた。ボクシングのプロデビューと同じ年に出展した千葉県浦安市のグルテンフリーの焼き菓子店「Rubia trainer's kitchen」の経営は順調、トレーナーとしてもパーソナルトレーニングの依頼が後を絶たない。
マルチな分野で成功を収める藤原に「本業は?」と問うと、「今、100%はボクシングだけです」との答えが返ってきた。「ボクシングをやるのが本当に楽しい」という藤原はボクシング人生のゴールを設定していない。まずは手応えをつかんだ前回の試合と同じように、与えられた舞台を全力で楽しむつもりだ。
(取材/構成 渋谷淳)
●ライブ配信情報
▷配信プラットフォーム:BOXING RAISE
▷ライブ配信:12月1日(木)17時45分~試合終了時刻まで
▷料 金:無料
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