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58.プレゼントされた曲

わたしが出勤したときには、すでに定岡さんは会社に着いて、事務所の掃除も全部済ませ、お湯を沸かしてひとりでコーヒーを飲みながら本を読んでいた。

その雰囲気がなんとなく気難しそうだったし、担当する仕事も違っていたから、今まではほとんど話もしなかった。
でも、あんな風に話しかけられてからは、みんながまだ出勤していない時間に、いろいろと話をするようになった。

年齢はほとんんど一緒なので、中学・高校時代に流行ったことや、聴いた音楽、観てきたTV・・・。共通の話題は尽きなかった。

だから、いつも「そうそう!そうだったですよね~~!!」って、言いながら盛り上がった。
すると、定岡さんもまた、懐かしい話を引っ張り出しては、

「ほなら、コレ知っとるか?」と、いたずらっぽく尋ねてくる。
 それまでの、『若年寄みたいにジジくさい人』というイメージは次第に崩れていった。

大学を中退したことがずっとコンプレックスになっていて、それを仕事の成果を出すことで克服したかったということや、そのためには少しでも落ち着いた雰囲気でいたかったということも、少しずつ話してくれた。

そういう仮面を取っ払うと、ほんとにガキ大将みたいで、無邪気な人で、笑い出したら止まらなくなって、180センチ近くある身体を折り曲げるようにして、笑い転げる姿がほほえましかった。

聴いてきた音楽にも接点があった。残念ながら、浜田省吾のことはあまり知らないみたいだったけど、エリック・クラプトンの「レイラ」が大好きで、今も、ずっと聴きつづけていること。よく学園祭などでアコギを弾きながら歌っていたこと・・・。
歌の話になると、細い目をさらに細めて、楽しそうに好きな音楽のことを話してくれた。

この会社に入って、誰かと音楽のことを話すのは、はじめてのことだった。仕事のことでいっぱいいっぱいで、それどころではなかったのかもしれない。
やっと、少しだけ余裕が出てきたことと、こんなにも音楽のことで盛り上がれる人がいたことは、嬉しかった。

野島さんのことで受けたショックは、定岡さんとこうしておしゃべりをしていくことで、少しずつ癒されていった。

「わたし、けっこう詩を書くのが好きだったんです。中学の頃から書き溜めてて、よくラジオ番組に投稿したら、採用されてアナウンサーの方に番組のオープニングで読んでもらったこともあるんですよ!」

「へ~、そりゃ、すごいやんか。今度いくつか、見せてみてよ!」

ある日、ひょんなことからそんな話になり、恥ずかしかったけど、そのうちのいくつかを定岡さんに見せた。定岡さんは、1ページずつ、真剣な表情で読んでくれていた。そして、最後まで読み終わると、

「あのな、この詩くれへんか?曲を書いてみるわ。なんか、久しぶりに歌を作ってみたくなった。これ、もらってもいいかな?ムネちゃん、これ、いいよ!」
「え?こんなんでいいんですか?」

いきなりの事だったのでビックリしたけど、下手くそなわたしの詩を、褒めながら、何度も読み返してくれていることがとっても嬉しかった。

それからしばらくたって、定岡さんは1本のカセットテープを渡してくれた。

「これに、作った歌が入れてあるから、帰って聴いてみて。あんまり上手くは作られへんかったけど、一生懸命作ってみたから・・・」

その日わたしは、仕事を猛スピードで片付けて、飛ぶようにアパートに戻った。部屋に入るなり、カバンを放り投げて着替えもせずにラジカセにテープを入れて、ボタンを押した。カセットケースの中には、Mさんの字で「写真」というタイトルのついた詩が挟んであった。

「写真の中に写った 二人のメモリー いつまでも いつまでも 大切に・・・♪」 


ギターの演奏と一緒に、定岡さんの歌が流れてくる。それは、とっても優しい声で、一生懸命で、わたしの胸に響いてきた。
いつも帰ったら、何度もため息をついて、ぼんやりと過ごすだけの生活に、潤いと活力を与えてくれるような気がした。
それからしばらく、わたしはその曲をくりかえり、くりかえり聴きつづけた。

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