64.ついに爆発
朝4時半に起きてアパートを出て、6時過ぎに会社に着く。そして、帰ってくるのは午後11時すぎ。ただ、寝に帰るだけの生活。
それでも、わたしは早く帰ってる方だった。会社には必ず誰かが寝泊りしていた。それくらい大変な出荷量だった。上司の定岡さんは、もう何日も家に帰っていなかった。現場の人たちも同様だった。
朝、会議室を開けると、作業着を来た人たちが床に転がって寝ていた。わたしは、その合間をソロリと縫って更衣室に向う。
仕事を引き継いで、1週間、2週間_慣れないまま毎日が過ぎていく。わたしは相変らず、うつ向いたまま無言で仕事を続けた。おしゃべりなんてしてる余裕はなかった。お昼ご飯も食べられない日が続いた。
会社全体が、そんな忙しい状況でもあったので、重苦しい空気が事務所内に漂っていた。
人は疲れが溜まってくると、精神的にもピリピリしてくるものだ。険しい表情、きつい口調...。みんな、お互いを思いやる気持ちなんて持てない。何か一言でも声をかけたら、噛みつかれそうな雰囲気があった。一触即発という状態。
そんな中、10月20日を迎えた。この日は、荷主さんから、1年で最も多い出荷指示が出る日。そして、事件は起きた。
その日もいつものように、荷主から強引な急送依頼の指示が送られてきた。すぐに、出荷手配の書類を作成し、伝票を持って現場に走った。
「すみません。ほんとに申し訳ないんですけど、急ぎの出荷なので、できるだけ早く準備していただけますか?」
わたしは、恐る恐る、フォークリフトに近づいて、その伝票を渡そうとした。
「フン、クソ事業部に、ヘボ事務所め!しらんわ、こんなもん!」
その人は、刈谷さんという、強面のオジサン軍団のボス的存在だった。わたしが厨房器の担当になったのが気に入らないのか、何かと辛く当たられた。
声をかけても無視されるのは当たり前、聞こえよがしにわたしたちのことを非難するし、出荷のお願いをしても、なかなか準備してくれない。わたしは、この人の態度にホトホト困っていた。
でも今夜は、普段の機嫌の悪さとは違っていた。あきらかにケンカを売ってるかのような発言。それはまるで、日頃の苛酷なまでの作業の不満を、わたしにぶつけているかのように見えた。
「忙しいことは、よくわかっています。でも、少しでも早く準備しないと、路線便(長距離便)に間に合わなくなって荷物が残っちゃうんです。お願いします!」
そう言って、わたしは頭を下げたのだが、刈谷さんは、伝票を受け取ろうとせず、ブツブツと文句を言っていた。わたしは、それでも何度も頼んだ。そうしないと、今度は荷主からわたしが叱られるのだ。
しかし、刈谷さんは、伝票を受け取ってくれなかった。
「どうして、そんなにわたしに当り散らすんですか?わたしが何か悪いことをしたんですか?」
とうとう、わたしは、我慢できなくなり、刈谷さんにそう尋ねた。
「ふん、おまえが女だからよ!」
刈谷さんは、吐き捨てるように言った。
その瞬間、わたしの中で何かが弾けた。それは一番聴きたくなかった言葉。わたしが一番許せない言葉。どうして、こんな奴にこんな風に軽蔑されなきゃいけないのか!?その言葉がどうしても許せなかった。
「おい、もう一回、言ってみろ!」
「ああ、何度でもいってやらぁ~。おまえが女だからじゃ!」
「くそぉ~~~~~~~~~~!おまえ!降りて来い!」
わたしは、もう完全にブチ切れて、リフトに乗っていた刈谷さんの胸倉を掴んで、引き摺り下ろそうとした。体格にはかなりの差があった。大柄な刈谷さんのことを、小柄な私が引き摺り下ろせるわけがない。
刈谷さんに、掴みかけた右手を振り払われて、わたしはその場に倒れた。
「くそぉ~~~許さん、絶対にその発言、許さんからな!」
わたしは、無我夢中で、その場にあったパイプイスを掴むと、そこら中大声を張り上げて振り回した。
さすがに、これには刈谷さんもビックリしたようで、呆然としている。わたしはそのパイプイスで、倉庫の入り口に置いてあった古びたデスクの脇を、何度も何度も叩いた。
慌てて刈谷さんが、そのイスをわたしから取り上げた。わたしは、それでも怒りがおさまらず、今度は、そのデスクを、安全靴でボコボコになるまで蹴り続けた。
「女だと思って、舐めやがって。絶対に許さんからな!覚えとけ!」
側で何人かがその様子を見ていたが、誰も止めに入らなかった。わたしの様子があまりにも殺気立っていたので、誰も止められなかったのだと思う。
ボコボコになったデスクから離れ、わたしは、呆然と立ったままの刈谷さんを睨みつけて事務所に戻ってきた。
歩きながら体がブルブルと震えているのがわかった。悔しくて悔しくて、涙が出そうになったが、ここで泣いたらわたしの負けだと思ったので、ぐっとこらえた。
“バン!”
力任せに事務所の扉を開け、わたしは身体を震わせながら席に戻った。座って落ち着こうと思ったけど、体の震えは一向に止まらない。
うつむいて、ブルブル震えているわたしのことを不審に思い、定岡さんが「なんかあったんか?」と声をかけてきた。
「何でもありません!!」
「なんかあったんやろ。現場で何かされたんか?ムネちゃん、言うてみろ!」
「何でもないっていったら、何でもありません!いいから騒がないでください。ほっといてよ!」
「絶対におかしい。言えよ。なんかされたんやろ」定岡さんが声を荒げて怒鳴った。
「刈谷さんが、刈谷さんが・・・・・わたしのことを・・・・・女やからって・・・・許せない!」
どう繋いでいいかわからず、わたしはカタコトでつぶやいた。
「くっそぉ~~~、刈谷の奴、許さん!」
定岡さんはそう言ったかと思うと、事務所を飛び出していった。