潔く生きる
この時期になると、亡くなった母のことを思い出します。
癌と闘っていた母が、最後に救急搬送されたのは、26年前の1月17日でした。
実家と治療でお世話になっていた病院は、45キロも離れているので、容態が悪化すると救急車で運ばれていました。
いつもは、母が自分で119番に連絡をして救急車を呼び、「病院でお世話になることにしたから…」と私に連絡をくれていました。
でも、その日は電話をかけることはおろか、起き上がることすらできなかったようで、父が救急車を呼んで病院に搬送されました。
私は、「いよいよ覚悟を決めるときが来た」と思いました。
しかし、母は3月6日に亡くなる最後の最後まで、病気と闘いながら、毎日を、丁寧に、感謝しながら送っていました。
どんなに体調がすぐれなくても、面会に行った私たちのことを「忙しいのに、ありがとうね」とにこやかに迎えてくれました。
痛みを和らげるために打つモルヒネの間隔が短くなっても、私たちの前では「痛い」や「辛い」ということを一切言いませんでした。
「話を聴いていると、気持ちが和むから」と、私の仕事の話をいろいろ聞いて「がんばっとるね!」「すごいね!」と喜んでくれました。
検温などに来てくださる看護師さんには、必ずその看護師さんの名札を見ていて「○○さんだった」と言いながら、メモしていました。
そのメモには、毎日、「今日、お世話になったのは〇〇さん、○○さん・・・・ありがとうございました」と書かれてありました。
特に、新人の看護師さんには、「ありがとうございます。頑張ってね!」と愛おしむように、やさしく声をかけている様子を、私も何度も見ました。
「今日も生かしてもらえた。ありがたい。嬉しい」といい、私が帰るときには、「今日もありがとうね!嬉しかったよ!気をつけて帰るんよ」と見送ってくれていました。
母の声も、交わした会話の内容も、もうほとんど覚えていませんが、母のやさしい表情や、よくかけていた短い言葉の数々は、今でもはっきり覚えています。
父も妹も、なかなか病院に来ることができないので、私が主治医の先生から、病状や治療に関する承諾を求められて判断を下すという辛い役も負うことになりました。
でも、母の凛とした生き方に触れながら、最期まで一緒に過ごせたことは、私のその後の生き方に大きな影響を与えてくれました。
あれも、これも手を出して、中途半端にせず、例え一つでも、とことん極めること。
周りの人に教えてもらう気持ちで接すること。
そして、1日1日を感謝の気持ちで、大切に過ごすこと。
「自分の心の持ちようが、仕事や人間関係に表れるのだから、まず、感謝の気持ちを大切にしなさいね」
元気なころ、よく母が私に話していたことですが、それは、母が祖母から受け継いだ言葉でした。
「学びっぱなしにしない」
「相談しっぱなしにしない」
「(仕事を)やりっぱなしにしない」
まだまだ、しっかりできているとは思いませんが、母から受け継いだ在り方を大切にしながら、母の分まで全力で潔く生きていこうと思っています。