73. 決心(2)
失くしてしまって、はじめてその大切さに気付くことがある。わたしにとって、部長の存在がそうだった。
会えないことが当たり前になって、寂しさも感じなくなったけど、いつも部長がいてくれると思ったから、ここまで頑張ってこれたのかもしれない。
相談できなくても、“部長だったら、多分こんな風に言ってくれるんだろうな”って想像しながら、どうすればいいか考えていた。
一緒にいて、ドキドキ胸がときめくことはないけれど、何にも知らないくせに、無謀に突っ走っていくわたしのことを、部長はいつも、叱ったり励ましたりして安全な場所に導いてくれてた。
「好きなの?」って聞かれて、「うん」って即答する自信はないけど、尊敬出来る人。でも尊敬だけで一緒に歩いていけるの?
あれから、1週間、2週間・・・。部長と連絡をとることなく、時間が過ぎていっていた。
仕事に追われながら、ふっと、部長の言葉を思い出した。
「俺は けいちゃんにとって、必要ないってことなんやろ・・・けいちゃんがそうでなくても、俺にとってはそういうことなんや!」
必要ないわけがない。あの日以来、ずっと部長のことが気になって頭から離れない。
かかってこない電話を眺めながら、出逢った頃のことや、旅行したこと、写真のことで、時間を忘れて語り合ったこと、就職のために部長が京都を離れた日のこと・・・・。いろんな出来事を思い出していた。そして、ほんとに寂しいと思っていた。
結婚して、家庭を持ってどんな風に生活したいのか_?全然イメージが湧かないけれど、この先、誰か別の人に巡りあって結婚するっていうのは、絶対にあり得ない!という確信があった。それは、寂しさとともに、日ごとに大きくなっていった。
「やっぱり、部長しかいないから・・・。あの話 真剣に考えるから・・・・・」
自分の気持ちに気付いて、わたしは部長に電話をかけた。そして、仕事帰りにアパートに立ち寄ってもらった。
お互いに、どう切り出しせばいいかわからない。そんな気まずい雰囲気がしばらく続いた。わたしはそれを、思い切ってそんな言葉で打ち消そうとした。
「そっか・・・・。前向きに考えてくれるんか。よっしゃ!」
「あの・・・・・”よっしゃ!”って・・・それだけ?改めてプロポーズとかそんなのはないんでしょうか?」
「ん?そんなの、もういいんと違うか?結婚を前提にお付き合いしてくださいとか・・・今更いわんでもええやろ?」
「そんなのは、必要はないけど・・・・でも、あまりにもあっさりしすぎてない?」
「そうか?まぁ、そういうのもありってことで・・・(笑)」
さっきまでの、重苦しい雰囲気は一体どこへいったんだろう?別に、ときめくような言葉をとか、ドラマティックなプロポーズを期待していたわけじゃあないけど、あんまりにもあっさりと交わされて、正直、ちょっとガッカリした。
でも、何もかも気負ったりひとりで背負い込んだりせずに、自然に新しい世界に一歩踏み込んでいけばいいんだ_と思えて、ホッとした。
あの時の私には、「結婚」なんてあまりにも不似合いな言葉だった。でも、それを現実にするために、第一歩を踏み出したことになったのだ。
“わたしは、目の前にいるこの人と一緒になる”
喜びが少しずつ、少しずつ心の中で広がり始めていった。