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77.重い空気

朝早く家を出たので、実家にはお昼前に着いた。少し離れた商店街の駐車場に車を止めて家まで歩いた。50メートルほど先にわたしの家が見えている。土曜日なのでお店も開けてあった。

“表から入ろうか、裏口から入ろうか・・・。母は店番をするために、カウンターに立ってるだろう。いちおう、お客さんなんだから裏口から入ってもらうのは失礼だよね。”

そう思いながら、部長の少し前を、誘導するように歩いた。

店のドアを開けると、やはりそこに母は立っていて何か忙しそうに書類や商品を整理していた。

「ただいま・・・・・」

母は、その声にビックリしたように顔を上げた。
続いて入った部長が、低くて太い声であいさつをすると

「遠くから、わざわざありがとうございました。疲れたでしょ?もう少ししたら、お昼にするので2階でゆっくり休んでてください」

と、意外にもにこやかに丁寧に迎え入れてくれた。

「2階に連れて行ってあげて、休んでもらいなさい」
同じことを、わたしに促すように言った母の表情は、いつもの笑顔だった。それを見て少し安心した。

父は家にはいなかった。どこかに出かけているらしい。仕事なのかな・・・?いや、娘が結婚相手を連れて帰るのを、待ってましたといわんばかりに、居間で待ち構えているわけがないか・・・・。

居間に戻ってきた母に、改めて部長を紹介した。

「お父さんが、もうすぐ帰ってくるから、またそのときにね。それまで、ゆっくりしときなさい」
母は、母なりに、部長に相当気遣っている様子だった。

あれだけ、車の中で冗談をいっていた部長も、さすがに緊張した面持ちで、母と言葉を交わしていた。

“まだ、大御所と対面してないのに・・・”

その場にいるだけで、わたしもドキドキしている。そんな中に、父が戻ってきた。膝を崩して座っていた部長が、正座をしてあいさつをすると…。

「ああ・・・・」と言っただけで、父は居間のテレビをつけ、わたしたちの存在を無視するかのようにテレビを見始めた。

お昼の食事も同様。父は何もしゃべろうとしないし、聞こうともしない。時々母が当り障りのない、でも、あれこれと部長や部長の家族の事を聴き始めた。それも、思い出したように聴いてくるので、昼食はお通夜のように暗かった。

わたしはその雰囲気にのまれて、ますます小さく暗い気持ちで佇んでいた。

「やっぱり、緊張するね。なんとなく、空気が重い(笑)」

「ああいう雰囲気だもん。冗談のひとつもいえないでしょ?言う場じゃないしね・・・」

「やっぱり、夜・・・かな?でも、ちゃんとあいさつをするタイミングがあるだろうか?お父さん、人を寄せ付けない威圧感があったなぁ~~」

「ごめんね。あんな人だから、失礼があると思うけど・・・・」

「いいよ。ま、その場の成り行きで、対応するしかないなぁ・・・」

ここにきて、部長も自分自身で、歓迎ではなく何か入り込めない空気みたいなものを感じていた。とても申し訳なかったけど、わたしにはどうすることもできない。どっちにもつけない。ずるいかもしれないけど、ただ、成り行きを見守るしかないと思っていた。

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